哺乳の彼岸
実はプルトは母性が強い。
そしてその母性が、いけない方に進化してしまった事件がアバドンに起きた。
その名も「哺乳の彼岸」事件。
なかよしバザール・ドクター・ボーボー実験ブース裏。
サタヌスが面白半分で「なんでも母乳機(MMG-88)」をプルトに手渡す。
プルト、怪訝な表情のまま起動ボタンを押す。
直後。気温が4度下がる。
どこからともなくオルゴール調のララバイが流れ出す。
「ママの子守唄(死別Ver)」
「フフフ……これは……私」
「サタヌス、飲んで。私を……飲んで?」
空気、完全停止。
音声ログには風の音と心拍のみ。
「飲んで?」のイントネーションは完全に劇場版エンディングのそれ。
背景に“壊れたブランコ”が幻視された者も。
「うわやべぇ。プル公ドブじゃん」
「俺でも飲んだら終わる味だってわかるやつ」
「てかお前、なんか……ママっていうか拗らせ系シンママって感じになってね!?」
その後、10分間ほど本気で距離をとった。
隙あらば哺乳瓶で迫られる可能性が高まったためだ。
「……ねぇ、あれ……飲んだらどうなるの?」
ヴィヌスの表情は、怯えと興味の狭間だった。
なお、サタヌスは既に距離を取っている。
【メルクリウスによる解析報告】
主成分:執着心(濃度90%)
未練(3%)
哀しみ(2%)
夜(5%)
飲んだ瞬間、一度プルトの中に取り込まれて排出されるような感覚に襲われる。
飲み終えた後、「やばいのにもう一杯いきたい」と言い出す中毒性を持つ。脈拍が微妙にプルトに同調する。
「これはもう母乳というより“沼”なんだよ……」
「私だけを飲んでくれるなら、殺さないであげる」
「安心して。全部、私の中から出たものだから……」
「“ママの味”がどれだけ重いか、教えてあげる……♡」
全てに“命を委ねるタイプの甘さ”が含まれており、重すぎるためサタヌスは逃亡中。
プルトの母性は、限界突破すると沼になる。
そして飲める。最悪だ。
さァ始まりました!!“哺乳の彼岸”編ッ!!!
加速する母性、逃げるサタヌス、迫るドブ哺乳瓶!!!
サタヌスは全力で走っていた。
裸足で、汗まみれで。
「俺ェェ!助けてくれええええ!!!」
追ってくるのは─黒い哺乳瓶を抱いた少女(?)
いや、暗黒のママ。彼女は笑っている。
それは愛ではない。だが執着でもない。
“飲ませたい”という純粋すぎる欲望だった。
角を曲がったその瞬間、影の中から、ヌルッと現れた別の存在。
「なんだぁ?みじめな俺に女に迫られて困るぜって自慢してぇのか」
地面から染み出るように出現した、影の自分。
“アバタヌス”――サタヌスの負の側面が形を成した存在。
口調も表情も、いちいちウザい。
「違う!!!」
「マジで怖いんだってば!!母乳機とか哺乳瓶とか!!拷問だろアレ!!」
「へぇ〜?でもよぉ……プルトって“お前のことだけ”追いかけてきてんだぜ?」
「そういうの、嬉しくねぇのか?なぁ、“誰かにだけ注がれる狂気”って……最高だろ?」
「……っざけんなああああ!!俺は!お前みたいにはなんねぇ!!!」
だがその瞬間、背後から囁く声。
「……見つけた♡」
振り返れば、そこに立っていた。
黒い哺乳瓶を手にした“闇のママ”。
「逃げても無駄よ。これが……私の“授乳”……♡」
サタヌス、魂で拒否。
「飲んで……全部……ね?」
「やめろォォォォ!!俺は!俺はああああああ!!」
さぁああああ!!サタヌスうううう!!!
君に選択肢が与えられる、運命の!大!瞬!間!!
3択バトルだああああ!!
『答え①:ハンサムなサタヌス、ここで起死回生の逆転ファイナルアンサー!!』
『答え②:友情!努力!勝利!まさかの仲間乱入エンド!?』
『答え③:うわあああ無理ィ!!現実はいつも非常である!!』
選べ!!!サタヌスゥゥゥ!!!
“終わる”のか、“始まる”のか!?!?!?!?!
プルトが哺乳瓶を差し出す。
その中で液状の執着がゆらめき。
今にも吸わせようとする寸前—サタヌスが、牙をむいた。
「プルトオォォォ!!!」
その叫びは、なぜか教祖エレボスばりの咆哮。
顔の角度、口元の引きつり具合、無駄に荘厳。
「人にぃぃ!!飲ませるならああああああ!!!」
プルトの目が見開かれる。
「ッ…その喋り方は……まさか……!」
サタヌス、決め顔。
「まぁずゥ!!自分が飲んでいいかァ!!確かめてみろおおおおおおおお!!!!!」
次の瞬間。
彼の手には、もう1本の哺乳瓶。
逆輸入された“母乳機・試作型(逆流Ver)”―通称:ママリバースボトル。
中身は、サタヌスの精神から抽出された“反逆のマザコン魂”。
色:ショッキングピンク
味:血とミルクのカクテル(後味にスナック菓子)
副作用:飲んだ者は一時的に「逆・ママ状態(攻め)」に転化する
「飲めやコラァアア!!!」
投擲ッ!!哺乳瓶、空中で軌道を描き。
「い゛やあああああ!!!」
ドブ哺乳vsピンク哺乳
2つの“母性”が衝突し、次元が軋む……!
母性返し編ッ!!突入!!
だが!プルトの暗黒哺乳、まだ終わらない!!
「なに、これ……ふふっ……ちょっと、かわいげある味じゃない……♡」
「サタヌス……次は、あなたの番よ?」
説明しよう!!!(バァァンッ!)」
今ここで母性返しがキマったァァァ!!
だがしかし!!プルトは闇ママを超越!
“暗黒ママ・リバースモード”に進化したッッ!!!
表情はとろん!声は殺意ッ!
もはや何もかもがヤバいモード突入だぞ!!!
この状態での哺乳瓶――中身は自己嫌悪!愛情!未練!!
飲んでも終わる!飲まなくても終わる!!終わりなき地獄がここに!!!
「こっちが!逆流で!決めたと思ったら!!」
「なンでまたッ!!飲ませられ返してんだよぉぉぉ!!」
脳内、めちゃくちゃ混線中。
心の整理が追いつかない。
「…ねぇ、もう出るもの全部飲んでくれるよね?」
「安心して。ママが全部、飲ませてあげる♡」
そこへ、地面の影がうねる。
出た。
「ウケケケケ……おわってんなぁ~~~~」
口を大きく開け、内なる陰湿ゲージを全開にして笑いながらこう続けた。
「いや……はじまったか、俺?」
「しらねぇよ!!!俺に聞くなァァァ!!!」
だがその叫びと共に、顔が赤くなる。
なぜか涙が浮かぶ。
【最終状況】
サタヌス:限界。精神HP1。
プルト:笑顔(怖い)で「サタヌス♡」連呼中。
アバタヌス:ひたすら笑ってる。
そして!!脳内に響き渡る、再びの運命の三択タイム~~~!!!
さあ行け、サタヌス!!己の選択で未来をブチ開け!!!
A!飲む(共鳴END、母子完全融合ッ!!)
B!壊す(勇者ガイウス、いっそ呼んじゃえSOS!!)
C!笑う(あえての反転、俺が“ママ”だ宣言ッ!!)
サタヌスよ!!この状況、どうする!?どうやって乗り切るんだ!?!?
飲むか!?逃げるか!?はたまた飲ませ返すかあああああああ!!!!!」
ちなみに今、ガイウスは中庭でパン焼いてます!!
いやお前、ママなの!?ママじゃないの!?どっちなんだよおおお!!」
ここに来て選択肢バグ!!勇者の本分って何だっけ!?
いいぞ、もっとやれ!!!
スラム時代の土埃が、脳裏によみがえる。
鉄屑のベッド、冷たい飯、誰も触れてくれなかった背中。
その記憶を、ドブ哺乳が溶かそうとしてくる。
だが、サタヌスは断ち切る。
「あのなああああああああ!!!?」
「俺のママはねえええええええ!!生まれて直ぐ俺捨てたのおおおおおお!!!!!!」
「なのに今さら母性注がれてもッ!!ゼロに何かけてもゼロなんすよねええええええ!!!」
怒声は、叫びは、スラム時代の口調に戻っていた。
ヒリつく路地裏で身を守るための“牙”が、彼の声に戻ってきていた。
プルトは微笑む。
それは優しさではない、共感でもない。
ただ、同じ痛みを知っているから出る表情。
「私もだよぉ」
「首吊ったエイレーネ様から生まれたもん私」
「ママなんて知らない。知らないけど、これから知っていけばいい」
「それはダメなの?」
「魔母と書いてママって読むタイプなんだよおまえは!!!」
「ママに“なってもらう”んじゃねぇ、“なってしまう”のが怖いんだよ!!!」
「俺は哺乳される側じゃねぇ!!!俺はな……俺はな……!!」
拳が震える。
声も震える。
けれどその目は、涙で濡れていた。
「ねぇサタヌス、私の母乳は善でも悪でもない。
ただ“私”がここにいるって、証だよ?」
『ツァラトゥストラ、これを見たら泣くぞ』
「やめてくれえええ!!!」
善と悪の彼岸ならぬ、哺乳の彼岸。
そこで語られるのは――ただ、“飲むべきか飲まざるべきか”、それだけである。
一方その頃―アバタヌスはドブをビールみてぇに飲んでた。
「苦くてうめぇ……これが“親ってもの”かもなァ」
完全に酔ってる。
サタヌスは知ってしまった。
ママがいない人生とは、“何かが決して満たされないまま”進むことだと。
だが、それをドブで埋めるのは、違う!
そう、彼は“哺乳を断ち切る”ことで、自分の人生を……再定義しようとしていたのだッ!!
黒い空に、ぽつんと光が滲んだ。
それは涙なのか、哺乳瓶の反射なのか――誰にもわからない。
だが確かに、あのバザールの喧騒が……今は、静かだった。
「あ。お前のアバターにドブ飲まれた。もう残ってない」
「空気読めよ俺ええええええええ!!!!!」
遠くでアバタヌスが満足げにゲップしていた。
「ママってのは……後味が地獄だなァ……」とぼそっと言ったあと、消えた。
静寂。誰も何も言わない。
だけど、もう必要な言葉だけが、残っていた。
「とにかく、だなプルト……」
「今更すぎるが……俺ら、ママに幻想見すぎな気してきたわ」
「……うん」
その一言は、溶けかけたゼリーみたいな母性を、すうっと冷やしていくようだった。
プルトは立ち上がる。
哺乳瓶をそっと地面に置く。
もはや飲ませようとはしなかった。
「じゃあさ、代わりにこれから作っていこうよ」
「“飲ませたい”じゃなくて、“生きててほしい”って気持ち」
サタヌスは鼻をすすった。
涙が止まらない。ミルクはもういらない。
「……俺ら、“母性”に抱きしめられたかったんじゃなくて、ただ……」
「“ここにいていい”って言われたかっただけなんだな」
哺乳は終わった……かもしれない。
ママという狂気の旅は、ひとまず今……一つの終わりを迎えるのだッ!!
これは断乳ではない、“存在の自立”である!!!!!