陶芸工房-サタヌス、猫への挑戦
アバドンに長く住むと、人々は自然と気づいてしまう。
「造形は二の次でいい。まず実用性がなきゃダメだ」
そう主張するデータがあるらしい。
出典は中央エリアのサイネージ広告、ASB天気予報並みの精度なので信用してはいけない。
だが真実は。
「この街の食器はだいたい何かが動く」
「“命ある器”のひとつやふたつ持ってないと逆に浮く」
という恐ろしい現実だ。
その“オリジナル食器を冒涜――もとい創造できる”場所が。
陶芸工房・モルフス。
店内では、粘土が勝手に脈打つ。時々、鳴く。
「生きている」「呼吸している」「何かが宿っている」
そう感じたら、もう引き返せない。
今日も謎テンションの住民で賑わい。
「使えるなら何でもいい!」「丈夫であれば」「鳴いても構わん!」
そんな叫びがあちこちから聞こえる。
カウンターの奥では、触手エプロンの店員アノマリーがマグカップを量産中。
一見ギョロ目のアート作品だが、飲み物を注ぐと「見つめ返してくる」仕様。
脈打つ土、うめく花瓶、勝手に踊る急須。
それが、“生きてる食器”の新時代だ!!
お前の家にも、“鳴く土鍋”の一つや二つはあるはずだ!!
陶芸工房・モルフスの、混み合う作業テーブルの真ん中。
人混みの中でもやたらと目立つ黒髪の小柄な少年が。
静かにろくろの前に座っていた。
サタヌスである。
今日はトレードマークのスカーフを外している。
むき出しになった首元と腕、スラムで鍛えた筋肉が。
アバドンの淡い光の中で輪郭を際立たせていた。
チビなのに筋肉質、少年らしい顔立ち。
「可愛い」と「強そう」が絶妙に混ざり合うアンバランスな存在感。
最近は工房内でも「地味に人気者」だが。
今の彼に“女子人気”も“他人の視線”も関係ない。
なぜなら、彼の目は粘土(凡そ76%の確率で、正体が粘土とは限らない)
恐らく粘土と思わしきものに全力でロックオンされているからだ!
ろくろを回す指先は、生き抜くために“スラムで身につけた繊細なコントロール”。
無駄のない筋肉の動きが、奇跡的なバランスで“生命力”を土に刻みつけていく。
この瞬間――サタヌスにとって、アバドンの全ての喧騒が“背景ノイズ”になる。
「よし、今日は絶対に“最高の猫”作ってやる……!前回は“これは犬”って言われたからな……」
――工房の空気が一瞬止まる。
誰もが「今回は本当に猫になるのか?」と見守っている。
サタヌスとろくろの静かな戦いが、今、始まった。
人混みのなか、サタヌスはろくろの前で己と粘土に集中していた。
その静けさを引き裂くように、向こうから飛んでくるガラ悪ボイス。
「はーぁ、おわってんな!」
アバターサタヌス、通称アバタヌスの登場だ。
本体サタヌスより更にガラ悪&目つきギラギラ。
深淵BBSでは彼の「おわってんな」カウントスレが立つほどの名物ワードメーカー。
アバタヌスはろくろの前にどかっと座ると。
「コレが猫だぁ?お前らな、本物の猫の顔知らな過ぎなんだよ!」
「俺なんてダンボールの底で見た“マジの野良猫”の顔、再現できるから!」
――その手つきは慣れていた。
目を半分潰し、口を斜めに曲げて“ガチで不細工な猫”をこしらえる。
粘土が叫び、工房の空気がざわつく。
店員アノマリー(触手+眼球エプロン)が呻く。
「お、おぉ……これは……甲乙つけがたい……!どっちも“美術界の暴力”だ……!」
「“生”を感じるというか、“生きるのが辛そう”というか……!」
工房の誰もが、思わず足を止めて見入る。
「呪美」――アバドンならではの美学が、今ここに結晶化しようとしている。
サタヌスの“実用系・魂の猫”VSアバタヌスの“ガチ野良猫・不細工呪物”。
どちらが“命ある器”として選ばれるのか?
“芸術”も“実用性”も、もはや神話の彼方。
いまテーブルの上でうごめくのは。
サタヌスとアバタヌスの“魂を削り合う猫オブジェバトル”。
いや、“おわってる”大喜利の戦場だ。
アバタヌスが、あからさまにガラの悪い笑みを浮かべて切り込んだ。
「おわってんな、その猫。マジで、救いがねぇ」
その瞬間、サタヌスの魂に火がつく。
「ハァ!?俺の猫がおわってるぅ!?」
「そっちも大概だろうが!おわってんなお前の猫ォ!!」
「そうやって反応するからおわってんだよお前」
アバタヌスは目つきだけで5割増しで煽ってくる。
言い返した瞬間、深淵BBS「おわってんなカウント」スレが爆速で伸びる。
工房内、空気が妙に重い。
ろくろの回転音と、遠くで脈打つ粘土の呻きが混ざる。
誰も止めない。
「おわってる」が芸術語になった瞬間だった。
ヴィヌスが割って入る。
呆れ顔、だが明らかに笑いを堪えてる。
「アバターの方、それ完全に“お風呂に無理やり入れられた直後の猫”じゃない?」
「この世の理不尽ぜんぶ背負った顔してるわよ」
アバタヌスの猫、口がへの字・片目が悪魔の如き歪み・粘土から微かに悲鳴。
サタヌスは納得いかない。
「こっちのも味があるだろ!“人間様”に飯もらえなかった猫の、魂の顔だぞ!?」
「てかアバターの猫、左目だけ悪魔になってるのなんでだよ!」
怒りと誇りが混じり、手が自然と“腹筋を主張”する少年ムーブ。
アバタヌスは肩をすくめ、知るかとそっぽを向く。
「知らん!リアルはみんな歪んでんだよ!!」
「てか、そっちの猫、口が既に“グエー”って鳴いてねぇか?」
尚ガチで、サタヌスの猫は“グエー”って低音ノイズが混じる仕様である。
粘土の歪み、魂の叫び、どっちがマシかの論争は芸術でも、勝負でもない。
“おわってる”の純度だけが鍛えられていく。
ヴィヌス、いつのまにか審査員モード。
「もうこれは“醜美”じゃなくて“呪美”の領域ね……」
「どっちも人類には早すぎる顔面力だわ……」
店内には、「おわってんな」
「いやこっちもおわってる」「“グエー”」「左目だけ悪魔」
そんな断末魔がエコーしていく。
今日もアバドンは平和だ。
“おわってる”が褒め言葉になる街。
ここにしかないカオスの“呪美”が、新たな伝説を作っていく。
店員アノマリー、触手と眼球が揺れるエプロン姿で宣言する。
「おめでとうございます。今日の“モルフス賞”は両者に贈ります」
「なお、焼成中に鳴くか動き出すかは保証できません」
背後のオーブンから、不穏な「ニャア……」という呻き声。
深淵BBS「猫オーブン実況スレ」も一気に加速する。
サタヌスが、鋭い目つきでアバタヌスをにらむ。
「俺の猫だよな?さっきの声」
アバタヌスも目だけで返す。
「いや、俺の猫だが?」
工房に漂う“呪物職人”特有の緊張感。
普通の世界なら猫の命が心配されるが。
アバドンでは「焼成中に鳴く粘土」がむしろ正常という。
ヴィヌスは肩をすくめて呆れ笑い。
「猫を焼いてマウントとる界隈、初めて見たわ」
一方その頃――ガイウスはカオスとは無縁な顔で、販売コーナーの茶碗をじっと見ていた。
「……」
手に取った茶碗、見た目は普通だが。
よく見ると側面にギョロリとした“目玉”がついている。
ガイウスがくるくる回すと、目玉がパチパチまばたきして応える。
「……なんか可愛い」
工房の混沌をよそに、ガイウスは一目惚れした茶碗としばし見つめ合う。
「おすすめはまばたき茶碗です。
洗剤がキライなのでどんな頑固な汚れも自然に落としてくれます、水洗いだけでOK」
と店員アノマリーが実用性を全力推し。
ガイウスは一言。
「いいかも……」
“猫バトル”の熱狂と、“生きるための食器”の静かな選択。
これがアバドンの日常、カオスと生活力の共存地帯だ。
焼成オーブンから再び呻き声。
「ニャア……グエエエエエ……」
“おわってんなカウント”が、またひとつ更新された。
結果発表――サタヌス&アバターサタヌスによる、ぶっさいくな猫オブジェ二匹が爆誕!
焼成後も微妙に鳴き、たまに“グエー”と呻き、誰も得しない“呪美”だけが残った。
サタヌスは自信満々に。
「俺のほうが若干可愛げあるから勝ち!」
と主張するが――アバタヌスは納得いかない。
「ハァ!?ここまで来たらマジで不細工なほうが勝ちだろ!!!俺の勝利だオラァ!」
ヴィヌスはすっかり呆れて脱力。
「もうどっちでもいいわ……ドコいち行く?」
ドコいち=DOCO一幡屋、アバドン名物のカレー専門チェーン。
サタヌス&アバタヌス、完全にシンクロして「行く」と即答。
工房には、焼きたて“グエー猫”の呻き声が虚しくこだまするだけだった。
そして、全く空気を読まないガイウスは“まばたき茶碗”を真顔で購入。
勇者ズのアバドン適応力、もはや誰も止められない。
陶芸工房で“ぶっさいくな猫”を焼き上げたサタヌスとアバタヌス。
最後の最後まで「俺の猫のほうが可愛い」「いや、おわってるほうが勝ちだ」と張り合う。
だが、カレー屋ドコいちのマスコット・ドコニャン(絶妙に可愛くない)が目に入った瞬間。
「まぁ、ブサカワ……てあるよな」
「おわってるから可愛い、てあると思うわ」
妙な納得が生まれ、ほんの一瞬だけ和解の空気。
しかし、同じカツカレーを頼んだ時点で再び張り合い勃発!
「カツの厚さが違う!」
「俺のがルー多い!」
「どっちが辛口か」論争まで始まり、店内には再び“おわってんな”の波動が満ちる。
――その一方、ガイウスは誰にも構わずまばたき茶碗を撫でていた。
「またやってる……」
誰も彼を止めない。
ガイウスは陶器の目玉を撫でながら、呟く。
茶碗も「ほんとそれ」とパチパチまばたきを返した。
ツッコミ?
ここはアバドン、ツッコミなど不要だ。
“おわってる”ことこそが、最高の日常なのだから。