ハンター犬・その名はゴミ
月イチ恒例「サバイバーBBQカオスナイト」。
舞台は荒野、グラットンバレーの廃墟拠点。
ハンターもアウトローも勇者も、善悪の垣根なんて全部どっかに消えた。
会場の入り口には、やたらいい笑顔の悪魔と。
“何かの手”や“未知の肉”を豪快に焼くイラスト付きチラシがデカデカと掲示。
「食材持ち寄り・飛び入り参加歓迎! 食えればなんでもOK!」
ハンターオフィス職員に絵うまいやつがいて、そいつが描いてるそうだ。
イザナギが焚き火の前でうさぎ肉を豪快に串刺し。
「よぉし!オレはこないだ迷い込んできたうさぎ(たぶん元ペット)を焼くぜ!」
横でメーデンが引きつった笑顔。
「り、倫理……」
周囲の常連ハンターやアウトローたちは。
「それ食えるの!?」「やべぇ、今夜は当たりだな!」と大盛り上がり。
“肉が何かわからなくても、火にかけりゃだいたい食える”が世紀末ルール。
でもメーデンは、ほんのちょっぴり人間らしさを忘れきれないでいる
ウラヌスはどこからともなく妙な箱を持ち込んできて。
誇らしげに蓋を開けてみせる。
おばけ百貨店で仕入れた“ミュータントもも肉”だ。
「こういう時しか食えないヤツ!」
見た目はどこか鶏っぽいが骨が三本。
表面は色鮮やかにカラフルで、謎のオーラを放っている。
「一口食えば二度と同じ味には出会えないから!レア枠な!!」
大声で叫ぶと、周囲は引きつった笑いのまま誰が最初に食べるか目をそらした。
レイスは黙って焼き網に“黒い塊”を置く。
地下鉄で拾ったミイラのような何か――焼きはじめた瞬間、黒煙と異臭があがる。
「レイス、それ絶対食い物じゃないよ」という声にも動じず、肩をすくめて。
「仕方ない……自己責任。どうせ死なないし」と煙を払った。
ユピテルが持ち込んだのは雷撃サバだった。
「焼けりゃなんでもOK?ほら“雷撃サバ”だ!」
自分で釣ったサバを雷で一撃焼き!火花バチバチ!
一瞬で焼きあがる。焼き魚というより、ほぼ炭。
だが意外にも「いや、これ……いけるな?」とどよめきが広がった。
「見て見て!ナゾの動くタコ!」
ロコは猫魔族らしく、どこで捕まえたのか分からない。
“ミミズ+タコ+猫じゃらし”合成みたいな謎生物を網に投げ込む。
焼き網の上でもまだ動き回るそれを、誰かが半笑いでつまみあげる。
「うわっ生きてる!……でもうまい」
猫舌でも食える不思議さに会場が盛り上がる。
「肉が食えねぇヤツのために」
ティアが背中の袋から投げてきたのは新鮮な野草ときのこ。
「こっちは大丈夫、こっちは死ぬから注意しろ」と言われると、皆が真剣に見分けを始める。
狼族基準の「食べて平気」には誰も絶対の自信は持てなかった。
勇者ズのサタヌスは豪快にカエルを串に刺し、火にかける。
「本気のカエル焼いてやるぜ!こっちじゃご馳走枠なんだぞ!」
ガイウスは最初眉をひそめたものの、一口かじると案外クセになる味。
アウトローたちもこぞって手を伸ばし、最終的にカエルだけは全員に大人気となった。
夜は長く、焚き火の周りで笑い声が絶えなかった。
肉も謎生物も毒きのこも、誰かが必ず味見してみせ、どこかで歓声と悲鳴が入り混じる。
世紀末の世界に、腹の底から笑える夜があった。
それが、グラットンバレー名物“持ち寄りBBQカオスナイト”。
焚き火の傍らでメーデンが、両手いっぱいのおにぎり盛り合わせを差し出していた。
「おにぎり、たくさん作ってきました!……え、ゲテモノ限定?」
一瞬、場が静まり返る。
アウトローの誰かが「まともな飯なんて久しぶりに見た」とボソッと呟き。
最初の一個が恐る恐る手に取られる。
焼き場に並べられたおにぎりがジリジリと焦げていくうちに。
「焼きおにぎりってウマッ!」
「ちゃんとした味だ…」と歓声があがる。
あっという間に全皿が空になり、結果として一番人気となった。
「マジでこの星、ギャグセンス天井知らずだな!」
焼き場の片隅、右前足に赤いタグをつけた黒柴が行儀よく座っていた。
名は「ゴミ」
この星のハンター犬文化。
“酷い名前をつけることで情を断つ”――の象徴のような存在だ。
レイスはゴミの「欲しい」顔に敗北し、味付けなしの肉を一切れぽいと投げた。
「ほれゴミ、ありがたく食っとけ」。
通りすがりの誰かが思わず振り返る。
「……いや名前ェ!?」
肉の煙に包まれた会場のざわめきの中。
ヒゲもじゃでガタイのいいベテランハンターが近づいてくる。
「おおッ、ゴミじゃねぇか!」
ゴミはしっぽをぶんぶん振りながら、誇らしげに頭を差し出す。
「よく生きてやがったなぁ」
「このゴミはな、“ココホレの穴”を初めて吠えて教えた伝説の犬なんだ」
周囲にざわめきが広がる。
「えっ、マジかよ」
「ココホレ伝説の主役が…ゴミ…!?」
ベテランは目尻にシワを寄せてゴミの頭を撫でながら言った。
「名前はアレだが、こいつは本物の英雄よ」。
ゴミはその言葉に胸を張り、さらに得意げにナデナデされている。
ウラヌスが遠巻きに笑いながら。
「えっ、ゴミが英雄!?どんだけカオスなんよこの世界ww」と叫ぶ。
レイスは焚き火の明かりに照らされて微笑む。
「…ま、名前なんて関係ねぇさ。生きて伝説残せりゃ、勝ちだろ」。
その夜、“ゴミ”という名の犬は、焚き火の英雄となった。
朝の荒野は、まだ冷たい風が残っている。
拠点のあちこちから人影が現れ、みんなでゴミ袋やらジャンクの山を一ヶ所に集め始める。
レイスが気だるそうに声を上げた。
「おい、ゴミ出しとけよ」
その瞬間、昨日のBBQで人気者になった黒柴。
“ゴミ”が勢いよく走ってきて、「ワン!」と元気に吠えた。
一瞬みんなが凍りつき、レイスが顔を覆う。
「いやお前じゃねぇ!!」
次の瞬間、焚き火残りの輪に大爆笑が起こった。
しばらくして、近くのキッズや新人ハンターたちが、興味津々に尋ねる。
「ねえ、なんでゴミなんて呼ぶの?」「もっと可愛い名前じゃダメなの?」
レイスは朝日の下で、焚き火の灰をぼんやり見ながら静かに言う。
「……ハンター犬は癒しじゃねぇ」
「チョコとか、リボンとか付けてみ?死なれた時、立ち直れなくなるからよ」
BBQの残り香が漂う空気に、少しだけしんみりした沈黙が流れる。
だがゴミは、満足げに尻尾を振りながら、レイスの足元でおすわりしていた。
誰かがぽつりと呟く。
「この犬、昔ご主人が魔物に殺されたって噂があるんだ」
「仇を見つけて“ひとりで戦いに行く”って――都市伝説みたいな話だけどな」
「改名したほうがいいんじゃない?」と優しく言う者もいたが。
ゴミはしっかりと首を横に振る。
不器用な忠義と誇りが、その小さな体からはみ出していた。
夜が明け、焚き火のそばに残るその黒柴の姿は。
名前以上の“強さ”と“優しさ”を、そのまま背負っているようだった。
夜が明けて、BBQの余韻と油の匂いがまだ拠点に残るころ。
メーデンが両手に空になった弁当箱を持って。
ちょっと困ったような、でも誇らしげな顔で仲間に囲まれていた。
「あの、来月。またおにぎり持ってきてって全員からコールされたんです」
少し照れ笑いを浮かべて、ぽつりと続ける。
「今度は具入りがいいですか?」
レイスは焚き火の残り火に灰を落としながら、静かに頷いた。
「嬢ちゃんの好きにしな」
拠点の片隅では、あの黒柴がドラム缶の上で行儀よく座っていた。
ゴミ――右前足の赤タグが陽に光る。その視線の先には誰もいない。
“主人”は間違いなく、最後までハンター犬の手綱を離さないタイプだったのだろう。
けれど、レイスは思う。
(違うな?あの目。かたき討ちの目じゃない)
グラットンバレーの鉱山「ココホレの穴」が発見された最初の日。
崩れやすい地盤のすり鉢状の穴に落ちた主と犬がいた。
敵がいたわけじゃない。ただ、あまりにも不運だったのだ。
ゴミが吠えて駆け寄った鉱山の奥、その空間はすでに瓦礫と泥に埋もれかけていた。
主――ハンターは、片足を岩の下敷きにしていた。
崩落で落ちてきた鋭い岩が脛を完全に潰し。
わずかに身動きできるのは膝から上だけ。顔と両手には泥と血が滲んでいる。
何度か岩を押しのけようと必死に足掻いたが。
どれだけ力を込めても岩はびくともせず、足を引きちぎろうとしたところで、
脱出路は人間の子供がようやく這い出せるほどの隙間しか残っていなかった。
絶望的な二重苦――足を犠牲にしても、この身体じゃ出口に通らない。
そんな現実を悟ったとき、男は最後の気力でゴミの赤タグをきゅっと握りしめた。
「……ゴミ。お前はここから出ろ」
かすれた声で命じる。
「オフィスに向かえ。掘りすぎた、崩落するぞ……」
ゴミは何度も振り返り、主の足元から離れない。
「……俺はもう、だめだ。いいんだ、お前は賢い」
男は微笑んだ。
「この鉱山の場所を、オフィスに伝えろ」
出口側の隙間を指し示す手は泥まみれで震えていた。
主人の“逃げろ”という願いと、忠義を貫くゴミの涙声が、暗い鉱山に響き続ける。
誰も、責めることも引き止めることもできなかった。
ゴミの瞳は何度もその記憶を繰り返している――それは恨みでも、復讐でもなく。
たった一つ、受け取った命令を守り抜く者の、まっすぐな忠義の色だった。
夜明けの焚き火のそば、レイスは静かにゴミの頭を撫でた。
「ゴミ、お前のご主人は……残念だったなぁ」
言葉は短く、でも重みがあった。
「でもお前のおかげで、あの鉱山は安全になった」
「もうご主人のようになるやつはいない」
ゴミはしばらくレイスの顔を見上げていたが、
その言葉の意味をじわりと飲み込むと、小さく頭を下げ。
まるで“安心した”と伝えるように、鼻先をレイスの掌へ押し付けた。
風が少しだけ生ぬるくなり、レイスはぼんやり空を見上げる。
「今度、久しぶりに行くかな。お前もつれて」
ゴミは元気よく「ワン!」と返事をし、ドラム缶の上から軽やかに飛び降りた。
焚き火の火がゆっくりと小さくなっていく。
朝がまた、グラットンバレーの荒野に戻ってくる。