秋葉原編-芸夢大祭 - 4/4

照明が落ちる。
神棚のファミコンが、静かに“ピロリッ”と起動音を鳴らした。
それだけで会場の空気が変わる。
笑いも雑談も、すっと引いて、残るのは緊張と光だけ。
挙手したのは、一人の青年。
どこか少年のようでもあり、どこか祈る者のようでもあった。
「次は……僕に。アクションゲームでいきます。」
――名は、悠馬。
かつて魔王評議会を壊滅させた男。
その罪を、今ここで“遊び”によって超えようとしている。

悠馬は胡坐をかき、ファミコンのコントローラーをそっと両手で包み込んだ。
微かに歯を見せて笑う。
「……絶対クリアする。」
その表情はもう魔王ではない。
挑戦を前にして高揚する、ただの少年ゲーマーの顔だった。
画面に映るのは――赤い帽子の配管工、マリオ。
ノーミスでワールド4まで進行中。
ファミコンのドットが、鳥居の明かりを反射して瞬く。
8bitの電子音が、まるで神楽の笛のように会場を包み込む。
それは、神前の儀式そのものだった。

イザナギが真剣な眼差しで隣に座る。
「ジャンプ今だ! そこのクッパ、間合いギリギリだぞ!!」
額にうっすら汗をにじませながら、自分が操作しているかのように没入していた。
レイスは、というと――なぜか口いっぱいにチュロスのような棒状の食べ物を突っ込んでいた。
「……チュロス、うめぇ(たぶん違う)」
すでに何本目か分からない。
それでも、片手は膝の上でリズムを刻みながら、画面を見守っていた。

悠馬の手元は静かだった。
BボタンもAボタンも、押すというより“祈るように撫でる”動き。
その集中は極限を超えて、もはや無音の信仰。
そんな張り詰めた空気の中、唐突にレイスが口を開く。
「なぁ、豆知識なんだけどさ。」
「マリオの雲と草、ドット同じで色変えてるだけなんだぜ?」
メーデンが素で反応する。
「えっ、そうなの!? すごいリサイクル……」
イザナギが机を叩く。
「ちょ、今言う!? 邪魔したいのか暇なのかどっちかにしろ!!」
レイス、間髪入れずに返す。
「暇なほうで。」

観客がどっと笑う。
だが悠馬には届いていない。
音も言葉も、何も聞こえていなかった。
集中の果てに、世界のノイズすべてを切り捨てていた。
彼の中にあるのは――ただ一つ。“ジャンプのタイミング”という信仰。

画面の中でマリオが飛ぶ。
火の海を越え、天井すれすれの軌跡を描き、クッパの火球をかすめて着地。
悠馬の手が微かに震えた、それは罪の震えではない。
“再挑戦する者”の、覚悟の震えだった。
メーデンがぽつりと呟く。
「……魔王が、神を遊んでる。」
「違ぇねぇ、でもなんか清いな。」
「芸夢様も、今は多分“見てる”んだろうな。」
誰もが失った時代の“神ゲー”に、今、魔王が挑んでいる。
この一戦は懺悔でも、贖罪でもない。
“遊ぶ”という祈りの形だった。

電子音が、まるで神の祝福のように響いた。

電子の祈りが止み、
ブラウン管の奥で、ピーチ姫が「Thank you」を繰り返していた。
8bitの光が、会場全体を柔らかく照らす。
誰も言葉を発せなかった。
それは“終わり”ではなく、“静寂という祝福”だった。
イザナギが、目を見開いたまま呟く。
「すげぇ……本当にノーミスでマリオ全クリしやがった……」
信じられないように口を開けたまま、彼はしばらく動けなかった。
悠馬が神の前で“ゲームを終わらせた”その光景に、誰も軽口を叩けなかったのだ。
悠馬は、コントローラーをそっと置く。
脱力したように、大きく息を吐いた。

「はあああああ……」
「やばいな、僕。このまま集中切れで寝そう……」
彼のアホ毛が、完全に重力に負けて垂れ下がっている。
まるで“戦いを終えた剣”のように。
巫女が拍手とともに歩み寄る。
静寂を破るその手拍子は、まるで祝詞のように整っていた。

「おめでとうございます!」
「貴方の意思は、確かに芸夢様が見届けられましたよ。」
「そのプレイは──神域に達しておりました。」
ファミコンの電源ランプが、ふっと明滅した。
それはまるで“よくぞクリアした”という頷きのようで。
会場の空気が、温かく笑った。

レイスがチュロス(?)を口にくわえたまま、
ぽつりと尋ねる。
「なぁ……神様って、マリオなの?」
メーデンが即座にツッコミを入れる。
「ゲームだからって比喩がすぎる!」
会場、笑いに包まれる。
悠馬は笑いながらも、少し目を細めて言った。

「……まぁ、これだけやってダメだったら」
「ロストサイドに住み着くよ。港区あたりに。」
ティアが吹き出す。
「元魔王のミナトクワンダラー、大物すぎるわ……」
ファミコンから、ふいに音がした。
「ピロリッ……」
懐かしい効果音、まるで神自身が笑っているように。

“再スタート、どうぞ。”

その音に、悠馬は少しだけ肩を揺らして笑った。
かつて嵐そのものとなった者の笑顔とは思えないほど、
あどけない、少年のような笑みだった。
巫女が最後に神棚へ一礼し、静かに言葉を紡ぐ。

「芸夢様は、遊ばれることを喜びとされます。
失敗しても、やり直しても、その指が“スタートボタン”を押す限り──
神は、いつだってあなたと共にあります。」
ファミコンの赤いランプが、再び光を灯す。
その光は、まるで“コンティニュー”の合図のようだった。
こうして、元魔王・悠馬(オロバス)は、
芸夢大祭・アクション部門、初のノーミスクリア達成者となった。
誰もが笑い、誰もが祈り、誰もが再び“スタート”へ戻っていった。

—-

秋葉原、時刻18:00。
沈みかけた夕日がネオンの欠片を照らし、街全体が“リセット前の静寂”に包まれていた。
電子のざわめきが止み、ファミコンの電源ランプだけが、
神社の中でぽつりと赤く光っている。
それは、芸夢様が眠りにつく前の灯。
挑戦を終えた者たちは、全員、神棚の前に正座していた。

ファミコンに挑んだ戦士、魔王、アイドル、そして観客。
皆、肩を並べて正座という統一の姿勢。
そこには、勝ち負けも身分も存在しなかった。
“遊んだ者”と“遊ばれた神”が、等しく並んでいるだけだった。
その静寂を破るように、ドアの向こうからバタバタと足音。
「10分前滑り込みーッ!!」
めるる・Nがステージ裏から飛び込んでくる。
ショッキングピンクの髪が揺れ、息を切らせて土間に膝をついた。
「ハァ、ハァ……間に合った……!」
巫女が静かに頷く。
その声は、神前の空気を震わせるほど柔らかかった。

「祭りの終わり。芸夢様が眠りにつかれる、最も厳かな時間です。」
ファミコンの赤いランプが、ゆっくりと点滅している。
巫女が両手を合わせる。
参列者たちも、自然とその動きに倣う。
「また来年も、この芸夢大祭で……」
「皆さまが“遊び続ける勇気”を忘れませんように。」
悠馬は隣でそっと笑った。
アホ毛がわずかに立ち上がり、その横顔はもう、罪を背負う魔王ではなく。
“遊ぶことの意味”を知った一人の青年の顔だった。

サタヌスはあぐらをかいて腕を組み。
レイスは煙草を咥えたまま黙ってランプを見つめ、
メーデンは胸の前で手を合わせる。
めるるは、ステージ衣装のまま土下座気味に座り、
「来年こそノーミスでグラディウス抜けますようにっ!」
と、願いを込めていた。
神棚のファミコンが、一度だけ明るく光った。

「ピロリッ」
誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが小さく呟いた。
「……セーブ、できたかな。」
巫女が目を閉じて微笑む。
「ええ、芸夢様は、皆さまのデータを確かに覚えておられます。」
「また、来年。」
ブラウン管の中、タイトル画面が一瞬だけ映った。
“PRESS START BUTTON”
その文字がゆらゆらと輝きながら、ゆっくりと暗転していく。
ファミコンの電源ランプが、ふっと消える。
秋葉原の夜が、戻ってきた。
――芸夢大明神、また来年。

数日後。
秋葉原・芸夢大明神。
本来なら静まり返っているはずの神社に、妙に賑やかな人だかりができていた。
原因はひとつ。
――悠馬(魔力OFF状態)の「ワープ禁止・ノーミスマリオ全クリ」プレイ。
その映像を撮っていたマモルンデス系列の魔界テレビ局が。
まさかのゴールデンタイムで放送したのだ。

「彼は語った。魔王だと──」
「しかし、神は彼をゲーマーとして祝福した!」
背景には芸夢大明神の神棚ファミコン、そして悠馬の真剣な横顔。
8bitの効果音と共に、画面下にはテロップが流れる。
『マリオをノーミス&ワープなしで全クリした学ラン少年』
それは、崩壊世界における新たな“奇跡”の映像だった。

「ご覧ください、こちらは秋葉原の芸夢大明神──」
「終末世界で“神の試練”と呼ばれるこのチャレンジを、見事に制したひとりの少年がいます」
「その名は……“ユーマ”。年齢不詳、素性は謎──だが、指先は神域。」
カメラが切り替わる。
映し出されたのは、ワールド8を疾走するマリオ。
クッパを飛び越え、
“Thank You Mario”の文字が画面に浮かぶ瞬間。
そこに被せられるテロップ:

『神前ノーミスクリア:記録映像提供 芸夢大明神』

そして。
その放送を自宅の魔導テレビで見ていた本人、悠馬。
リモコンを握りしめ、額に手を当てる。

「……いや、あのね? 僕、魔王なんですよ?」
「“プロゲーマーになりませんか”って、すっごいメールくるけど……」
「いやだから! 聞いてる!? 魔王なんだってば!!!」
リビングでは、仲間たちがくつろいでいた。
メーデン、腕を組みながら真面目に考察。
「でも魔王ってTV出てよかったんですか?」
ティア、紅茶を飲みながらさらっと。

「“芸夢の神が認めた”んだから、もう神格持ちじゃない?」
レイス、煙草をくわえて笑う。
「ワンチャン、教祖いけるぞ。」
「それは違う!! 僕は!! 魔王だ!!」
ちなみに放送翌日、
芸夢大明神には“ノーミスマリオ祈願”の参拝客が殺到。
新設された御守りの文言はこうだった。

『芸夢様は見ている──コンティニューせよ』

人は誰しも、再挑戦のステージを持つ。
たとえそれが、神でも、魔王でも、マリオでも──。
遊び続ける限り、人生に“GAME OVER”はない。