旅人病
現在、ガイウスたちは大陸各所に散った六将の撃破のためでなく。
「とある理由」で田舎町の牧場に来ている。
彼の眼前にはその「とある理由」の発端であるエルフが馬と戯れていた。
「楽しーか?ヒスエルフ」
「あーお陰でホームシック収まって来たかも」
「そうかい。俺はいいわ」
そう、仲間の一人ルッツが酷いホームシックになったのだ。
大喧嘩し飛び出して来たエルフの森、年齢は三桁に達するが人間換算では繊細なお年頃。
これからフーロンへ移動する道中-ついに「発症」したのだ。
いつも甲高い声でマシンガントークをする口数が明らかに減り。
ぼそっと「森に帰りたい」と言い出すのだ。
冒険者がしばしば罹ることから「旅人病」とも言われる心の病。
その治療は時間と仲間、そして充実した「思い出」が必要である。
ガイウスは旅してるうちに治る!もたついてたら魔王軍残党が逃げると追おうとしたが。
バルトロメオに「君もちょっと気負い過ぎ」と言われ。
急遽動物と触れ合える場所はないか!とキャラバン隊に問い合わせた。
そこで出て来たのが、フーロンから東に離れた田舎町・レッドサンド。
この町は畜産が盛んであり、レッドサンド牧場と名付けられた牧場もあるようだ。
「はぁ~……やっぱいいわ。心のよりどころよ」
「おまえ、森に帰りたいって叫んでなかったか?」
「叫ぶくらい酷いのはどうにか治ったのよ」
ルッツは餌をやりながら馬を撫でてやる。
流石森の民、最初は警戒していた馬もあっという間に懐いた。
「可愛いー……癒されるわー……ここで一生暮らせる気がする」
「気楽に言うな、魔王軍残党が世界を支配する前にフーロンに着かなきゃならんのだぞ」
「わかってるけどさぁ~あ~ほんといい所ね。数カ月くらい滞在したいなぁ」
「んんー……じゃ3日な?バルにも言うから」
「わかった、わかってるわよぉ」
向こうで馬を撫でているのを見つつ、確かになぁとバルトロメオの言葉を思い出す。
魔王復活を目論む魔王軍残党。
さらに数日前は、新たな仲間たちとは初めての六将との戦いまで経験した、
あのダンサーの青年も指摘する通り、ここ数日は特に神経が研ぎ澄まされている。
自覚はしているのだが、どうにも気が高ぶる。
「乗っていい?」
「お前すげーな、馬乗れるのか」
「あんた馬乗れないの?」
「乗らなかった、魔王城までずっと徒歩だ」
徒歩?と思わずルッツは手を止める。
魔王城の入り口がどこにあるかは知らないが、相当の距離を走った筈だ。
馬でも数日かかる道をこの男はなんで徒歩で歩くなんて苦行をやっているのか。
「へ?道中は水とかもあったんじゃないの。どうしたの」
「……走ったぞ?」
そうガイウスは勇者、即ち超人なのだ。
常識の範疇で彼の身体能力を測り知ることは出来ない。
全力で駆ければ馬より速く、水の上を沈むことなく走れる。
「うわ~化け物だぁ~」
「誰が化け物だ!俺は一応人間だぞ」
「でも超人なのに馬は乗れないのね」
ルッツに冗談を言われ、ガイウスは図星だったのか。
さっきまで身を乗り出していたのが、急にしょぼくれ始めた。
「乗れないんじゃない、俺は馬より速いから必要なかったんだよ」
「乗ってみたら?楽しいよ。ほらおいで」
ルッツが向こうで草を食んでいた馬を手招きすると、馬はのっそのっそと歩いて来た。
「いや、俺はだから足が速いから……」
「マジで乗れないのね!?ちょっと貸して!」
ルッツは馬に乗ると、ほらほらと促してくる。
「大丈夫!落っことすなんてないから」
「いや、でも……」
「早く早く!」
ルッツに急かされるまま、ガイウスは馬の鞍に跨る。
思えば初めて乗る馬の上。いつも見ている視界以上に景色が広い。
「その手綱を引けば進む、まっすぐ向いて」
「こ、こうか?」
「そんな揺らしちゃダメ!馬に不安が伝わるでしょ、肩の力抜いてリラックス」
「ぬう……」
ルッツに手綱の持ち方を修正され、背筋を伸ばす。
同時に、馬が足を一歩踏み出し、前へ歩き出した。
手綱を引くと馬はまた歩き出し、止まるを繰り返す。
なるほど、これは楽しい。
「楽しいでしょ?」
「……まあな」
「あ~でもそっか、あんたは馬より速いのか……乗らなくていいんだったね」
ルッツは小柄なので丁度ガイウスの前に座っており、
彼の腕の中にちょうどエルフの少女がすっぽりと収まっていた。
「でも馬には乗ろうよ、楽しいから!」
「そうさな……じゃあ」
ガイウスは手綱を引き、馬を停止させる。
そして、そのままルッツを後ろから抱きすくめた!
「きゃ!?ちょっと何!?」
「いや、こうすれば一緒に乗れるだろ?」
「あ~なるほどって違うでしょ!降ろして!」
「やーだよっと」
じたばたするルッツの抵抗など物ともせず、ガイウスはそのまま馬を歩かせる
「ホームシックは治ってるみたいだね」
さて、そんな二人を眺める。レッドサンドに行こうと提案した張本人-。
バルトロメオは牧場名物のアイスクリーム片手に呟いた。
「治ってるっていうか……甘えているというか」
「仲睦まじいのはよろしいことですな」
その横には、おしゃべりするうちにすっかり打ち解けた牛飼い娘と。
その牛飼い娘と仲良しの犬獣人が座る。
このレッドサンド牧場は、帝国領でもかなりの田舎なので客足も疎らだ。
しかしこの居心地の良さと家畜たちのリラックスした様子を見るだけで。
ここがいい場所なのが伝わって来る。
牛飼い娘はバルトロメオの隣。
ほんのり笑みを浮かべながらアイスクリームを手渡した。
「ここって、のんびりしてるでしょ?」
「帝都から魔導エンジンのおかげで物資は入るけどね。」
牛たちののどかな鳴き声が響き、遠くでルッツとガイウスのどたばたが聞こえる。
バルトロメオが一口、アイスを舐めると、不思議と心が落ち着く味がした。
「だから、旅人病を拗らせた冒険者がよく来るのよ。」
牛飼い娘はそう言って、柵にもたれた。
「魔王軍の話とか、英雄の噂とか、このあたりにも届くけど……」
「ここに来たらただの旅人よ。みんな疲れた顔して、動物に餌やったりしてさ。」
バルトロメオはなんとなく納得して頷いた。
牛飼い娘はアイスの話題に移る。
「このアイスが卵使ってないのも、実は理由があるの。卵はもちろんあるんだけど、
鶏の体調次第じゃ、生んでくれない日もあるから。」
「気まぐれな鶏に合わせてたら、レシピも自然と変わるってこと?」
「そうそう。自然って、こっちの都合なんて聞いてくれないでしょ? だから、昔から“卵抜き”が定番になったの。
旅人病の人にも優しい味だって、みんな言ってくれるよ。」
そう語る彼女の目元には、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。
この牧場が「帰る場所のない誰か」の仮のふるさとみたいになっていること。
それが、牛飼い娘のささやかな自慢なのだろう。
外ではガイウスが馬の上で四苦八苦し、ルッツが横で大声でツッコんでいる。
その姿を見ながら、牛飼い娘はふふっと微笑んだ。
「今日もまた、一人、旅人病の人が元気になって帰っていくのかもね。」
そう言って、彼女はバルトロメオにもうひとつアイスを差し出した。
「良かったら、おかわりどう?」
「ところでダンサーさんは旅の途中で?」
「ん?そうだよ。向こうの二人が神経尖らせてたからね、僕なりの気遣い」
犬獣人はバルトロメオに尋ねる。
このレッドサンド牧場に来る道中ですっかり打ち解けたようだ。
「そりゃ勿論、魔王軍討伐の旅だからね。気負わないほうがおかしいさ」
「じゃああなたも?」
「……まあね。でも僕は僕でちょっと違う理由かな」
この牧場に立ち寄った理由は二つある。
一つはここのアイスがとても美味しいとキャラバン隊に評判で、
是非とも食べてみたいと。そしてもう一つは……。
「ガイウスくん、勇者なのに馬乗ったことないんだってさ。
面白いだろ?勇者ていえば白馬の王子様てのに」
「へえ、それじゃああのエルフさんも?」
「いやあの娘もガイウス君の仲間、そもそもここに来たのはあの子がね。
酷いホームシックになったからでね。
それで気分転換に旅でもしてみたらって提案したのさ」
バルトロメオと犬獣人がそんな話をしている間も、ガイウスとルッツは馬で遊んでいた。
その向こうでは牛飼い娘とおしゃべりする牛飼娘の姿もある。
バルトロメオはアイスを食べつつ、10年前-実家を家出した時を思い出した。
不思議なものだ、家というものは。
二度と帰るものかと飛び出したのに、暫くすると無性に恋しくなる。
「ホームシック、か」
バルトロメオはぽつりと呟いた。
この旅の先に、自分の帰る場所はあるのだろうか?
魔王軍残党を討伐した暁には……。
「ま!考えても仕方ないね!」
「ん?」
突然大声を上げたバルトロメオに牛飼娘が驚くが、すぐにまた犬獣人とおしゃべりを始める。
そんな光景を見ながら-バルトロメオは思った。
(今はただ、目の前のことをやるしかないさ。あの「勇者さま」についていける限りはね)
向こうではバルトロメオの静かな決意など知らず、ガイウスが馬を降りていた。
同時にルッツもぴょんと跳ねるように降り、おつかれさまと馬の顔を撫でた。
「どう、乗れるようになった感想は」
「……悪くない」
「意外ね。勇者様って絵画じゃ大体馬に乗ってるイメージだけど」
「俺は絵に描かれるほど大層な人間じゃない、ただの人間だ」
そういいつつ乗馬体験を終え、二人が帰って来るのを見て
バルトロメオはカップをいそいそとゴミ箱に捨てる。
持ってるのを見られた日には「自分だけ食べやがって!」とシンクロで怒られてしまう。
「さて、そろそろ行こうかな」
「もう行くのかい?馬乗れるようになったんだろう?」
「いずれまた乗ればいいさ、ほら行くぞルッツ!」
そう言うとガイウスはエルフをひょいと持ち上げる。
所謂お姫様抱っこだ。
「ちょっ!?やめろって!自分で歩くから~!」
「いいから!ほれ行った行った!」
そのまま彼はすたこらさっさと、来た道を戻っていく。
バルトロメオと犬獣人は再び目線を交わす。
「いいなぁ……ああいうの」
「ん?お姫様抱っこされたい?」
「いやいや、そうじゃないけど!たださ……」
そう言いつつ、牛飼娘も向こうでおしゃべりしている牛飼い娘を見る。
そしてバルトロメオをちらと見ると、少し寂し気に笑った-。
「私もいつかは恋してみたいって」
「なるほどねぇ……ま、焦ることはないさ。僕も本命はまだいないし」
バルトロメオも立ち上がると、一度伸びをする。
そして-来た道を戻りながら空を見上げた。
もう日が暮れようとしている。今日の宿を探さないと。
「もう帰るの?もう少しゆっくりしていけばいいのに……」
「大丈夫。3日はいるって約束したからさ、あと2日はお世話になるよ」
「3日ね!ちょうどいいわ、産気づいてる子がいてね。
たぶん3日の間に赤ちゃん産まれると思うの」
「そりゃいいね。じゃあ僕らはそれを見届けたら帰るから」
そう言いつつ、牛飼娘と別れて町中を歩く。
空は赤い夕焼け、今日は雲一つない晴天だ。明日もきっと晴れるだろう。
そんな赤焼けの道を見上げながら、バルトロメオは片足を上げ体をひねる、
即興のダンスだ。音楽の代わりとなるのは風と。
「ねえ」
「ん?」
「あんたさ、その……恋ってした事あるの?」
「……本気の恋は、ないよ。でもいつかはしてみたいね」
バルトロメオはそう答えつつ、またくるっと一回転。
そしてルッツに笑いかけた。
「ま、今はこの旅を楽しもう。恋はいつだって出来るさ、君にもね」
「別に私、したくないけど……」
「そうかい?でももしかしたら突然恋しくなるかもしれないよ」
ルッツはその物言いに首を傾げるが、バルトロメオは笑うだけで答えない。
赤い夕陽に照らされて-ゆっくりと歩く道の向こうで牧場の柵があった。
そこで一人の若者が牛の世話をしている。彼はこちらに気付くと微笑んで会釈した。
それに応じてバルトロメオもまた笑いかけた。
「よし、お宿に行こうか」
そういいつつバルトロメオはルッツの手をすっと引くと-そのまま歩き始めた。
はぐれ者達の冒険はまだまだ続く。