追放勇者・外伝-2 - 3/3

黒い天使

天使は真っ白だとずっと聞かされてきた、そして自分もそういうものと思っていた。
だが今この瞬間に訂正すべきと思った、天使は黒い、そして…
「あっけないですね…もう終わりか」
目の前に立っていたのは女の人だ、たぶん。
たぶんと言ったのは男の人かもしれないと思ったからだ、胸はぺたんこだし
背も高いし髪も短い、 でも女の人だ。これは間違いないと思う。

いつも僕を虐めてきた大人どもが静かになっている、
神父もシスターも、みんな静かになっている。
眠っているわけじゃない、死んでる。
だって大人どもからは赤い血が流れている、いっぱい。

「ここにも勇者は居なかったか、この私の目も鈍ってきましたね…」
僕なんか眼中にないというように、女の人は武器を振って血を払う。
その動作がすごく綺麗で、僕は思わず見とれてしまった。
女の人は僕を見るなり「おや?」と首を傾げる、なんだろう。

「どうしました?怖がらないなんて不思議な坊やですね」
「え…」
「私は悪魔ですよ。悪魔は怖がる人間が大好きなのに」
「あ、悪魔……」
目の前にいるのがそうなんだ、神父やシスターどもが言ってたバケモノのことだ。
そしてバケモノに大人どもは殺された。
でも不思議だな、怖いとかより先に変な感情が沸いてきた。
-ざまぁみろ、という気持ちだ。
僕やアーシャを折檻部屋に連れ込んで殴って、蹴り飛ばしてきた奴らだ。
当然の報いだ、ざまぁみろ!
そんな僕に女の人は相変わらず無表情のまま抱き上げてきた。

「私はプルト。勇者狩りのため訪れたのですが…ここには居なかったようです」
「プルト…さん、僕は」
「言わなくていいですよ。貴方に興味を抱いたので」
名乗るチャンスを遮られた、そして僕に新しい道をくれた。
「お前に興味がある」と言ってくれるなんて嬉しい!

「えっとプルト…さん?」
「なんですか?」
「奥にもう一人隠れてるんだ、アーシャって言うんだ。僕の友達なんだよ」
「その子に聖痕はありますか?」
「せいこん?」
「勇者の証です。在ったら殺さなければいけません」
ヤバい、僕のせいでアーシャ死ぬかも!?そう思ったがもう遅く
プルトさんは奥の、壁と一体化した隠し扉を探るように手の甲でコンコンと叩く。
「誰!?」
アーシャの声が聞こえる、良かった生きてる!そう思った僕を見てプルトさんは笑った。

「いますよ」
そう言った途端に壁が引き戸のように開き、中からは女の子が出てきた。
アーシャだ。間違いない、彼女は僕の友達のアーシャだ!
でも様子がおかしい、プルトさんを怖がっているように見える。
そうだ、プルトさんはバケモノだ。しかも大人たちを皆殺しにしたんだ、
怖くないわけないじゃないか。

「アーシャ!この人はこわくないよ。あいつらを殺してくれた人だよ!」
「え……あ、ああ……」
アーシャは僕の声に反応してか、プルトさんを見るなりへたり込む。
腰が抜けたのか、それとも恐怖で動けないのか。
でもプルトさんはそんなアーシャを気にも留めずじぃっと…
正しくは小刻みにふるえる手の甲をまずは右手から、続いて左手を見詰める。
聖痕がどんなものかは知らないけど、きっと手の甲に浮かぶのだろう。
プルトさんはさっきと同じ動作をもう一度繰り返して、小さく息を漏らすと。
「違う、この子じゃない」
心底残念そうにそう呟いた。

「え?何が違った、の?」
アーシャじゃなかったんだ。
殺されずに済んだとホッとするけど同時にちょっと申し訳なかった。
それにしても、なんであんなにがっかりしているんだろう?
もしかして、アーシャに聖痕があれば勇者狩りも終わったのかな。
だとしたら悪いことをしたなぁ、でもしょうがないよね。
だって僕知らなかったんだもん!

「あの、ごめんなさい……」
「謝ることはありませんよ、ねぇ貴方たち…どうしますか?」
「どうしますって…」
「次に入る修道院を探すか、私と来るか」
プルトさんはそこで言葉を切ると、両手を広げる。
この人についていっちゃいけない気がする。
でもアーシャも僕も身を以て体感している。
聖職者なんて9割方は悪魔より恐ろしい存在なんだ。だから……
「ついていきます。だって貴方は」

-天使だからです。僕とアーシャを救ってくれたからです。

僕がそう言うと、プルトさんは目を丸くしていた。
初めて見た表情だ、綺麗な人はどんな顔をしてても綺麗だなと思った瞬間だった。
「驚きましたね。死神と呼ぶ人間は数え切れない位見ましたが天使は初めてですよ」
そう言われるのは初めてだって目つきと、笑うように歪んだ口元。
プルトさんは否定しても天使に見えたんだから仕方がない、
天使は天使でもステンドグラスの中で笑ってる奴らじゃない。
腐った聖職者どもに罰を下し、僕達を助けてくれた本物の天使様だ!

「アーシャも行こ」
「う、うん。行きたいけど。ごめん…私歩けないの」
「あっそうだ。腰抜けてたんだった…」
「じゃあお前もその子も肩に乗せてあげます。ほら」
プルトさんは屈んで僕達に目線を合わせながら。
ここに座れと促すように肩を軽く叩く。
ああやっぱり優しい人だ、この人がいれば大丈夫かもしれない。
少なくともさっきの大人よりはマシだ。

それになにより、今まで感じたことのない安心感があるんだよ。
本当に不思議な人だなぁと思いながら僕は言われた通りにする。
すると突然景色が動き始める、世界が加速していく。
「うわわわっ!?」
「舌噛まないように気をつけてくださいねー」
一瞬で修道院のステンドグラスを蹴破り、
ふんわり飛び上がって屋根の間を抜けていく。その速さたるや、
風になったような錯覚さえ覚えるほどだ。
そんな最中で僕は思ったね、この人は間違いなく天使なんだって。

ああ神様、どうかお導き下さいませ!ってね!
5分くらい経っただろうか?やっと止まったと思ったらそこは空の上だった。
もうすっかり日は暮れていて、夜風が冷たく感じるほど気温は下がっていた。
そんな寒空の下でプルトさんは僕たちを降ろすと、そのまま抱き寄せてきた。

「改めて…私はプルト、マスターアサシンですよ」
「マスターアサシン…」
「暗殺教団のひとのことじゃない?」
「博識ですね。そうです、暗殺教団の最高指導者…ソレがマスターアサシンです」
暗殺教団と聞いて、僕とアーシャは思わず息を飲んだ。
どんな怖い組織や闇ギルドよりも恐ろしいカルト集団のトップ、
出会ったら殺されるか洗脳されるしかないと言われている危険な連中だ。

「なんで……マスターアサシンが私たちを?」
アーシャは震えていた、寒さのせいじゃないことは明白だ。
プルトさんは僕から離れ、今度はアーシャを正面から見据えるとこう答えた。
「それは貴方たちが私の好みだったからです」
「……え?」
「私は無垢な子が大好きなんですよ、どんな教えも吸収して
自分の物にしてしまう貴方達のような子を特にね」
そう言って、またアーシャを抱き締めた。
僕も同じことをされたことがあるけど、こうして見ると親子みたいだなと思う。
アーシャの方が少し背が高いけど、年の差を考えるとそれくらいだろう。
でもそんなことよりもアーシャはもっと気になることを言われたらしく、
顔を真っ赤にしてプルトさんの胸をぽかぽか叩いている。

「何言われたのアーシャ」
「このバカ!!」
「???」
「正式に私の弟子とする儀式を行いましょう、何か得るには何か捨てなくてはいけない」
プルトさんは爪を噛むみたいに親指を前歯に当て。
ガリっと音が鳴るぐらい強く噛んで血を出す。
陶器みたいに青白い指から赤い血が滴り落ちていく光景はまるで芸術のようだった。

「飲みなさい。そして人間を捨てるのです」
血の付いた親指を僕に差し出す、これを飲めと言うことなんだろう。
僕が戸惑っていると、アーシャが先に口をつけた。
「アーシャ!?ダメだって!」
「いいの!私がやるの!!早く飲んでよ!!!」
いつになく真剣な眼差しに気圧されて、僕は恐る恐る舌で舐め取るように口にした。
鉄の味がする、いつも折檻部屋で神父にぶたれたとき口の中に広がった嫌な味だ。

ふっと見上げるとプルトさんと目が合った、口元はそのまま。
口元だけが糸みたいに伸びて笑っているように見えたんだ。
その瞬間、僕の中の何かが変わっていくのを感じた。
喉から胸へ、腹へと下りていく熱いものを感じる。
頭もぼんやりする、なのに思考はどんどんクリアになっていくんだ。
これが……大人になるってことなのか?

「闇はどんなものも受け入れる」
「同時に全てを飲み込みます、さぁ全て受け入れてみせなさい」
その言葉を聞いた途端、体の芯が燃えるように熱くなった。
心臓の鼓動が激しくなる、血液が全身を駆け巡るのが分かる。
体中を駆け巡る熱が脳にまで達すると、
頭の中に知らないはずの知識が流れ込んでくるような感覚に陥った。

頭の中に広がる映像、知らない場所の映像が次々と流れていく。
見たことも無い文字や言葉、見たこともない建物や道具……
それらが走馬灯のように流れて消えていく。

黒い天使様が微笑んでいた、その微笑みはとても綺麗で、温かくて。
彼女の手が頬に触れる、細くしなやかな指が触れる度に心地良いと思ってしまう。
これはきっと彼女なんだ、そう確信した瞬間だった。
意識が遠くなっていく、目の前の彼女が見えなくなっていき。
僕は、アーシャは気を失った。

何処かの城では、プルトが跪いて眼前に佇む人物でいつものように淡々と、
何人殺したか。何処を襲撃したかを報告していた。
聞き取る存在もまた、それを静かに聞き入り、
時折銀髪を手の中で弄びながら赤い目を闇の中揺らしていた。
「プルト、珍しい事をしたな。弟子を取るなど」
「左目がつぶれたのは大きかったようですルナ様、おかげで勇者狩りが進みません」
「人間は育むものではない。気に入ったのか?」
「はい、あの子達を必ずや手足となるアサシンへ教育します」
プルトは立ち上がると、月光に照らされた美しい顔を歪ませて笑った。
その表情を見た者は背筋を震わせるだろう、だが彼女は動じることなく話を続ける。

「ふむ、お前の好きなようにやれ。ただし……」
「分かっております、殺しすぎないように注意いたします」
「それでいい、楽しみにしていよう」
頷くとルナと呼ばれた銀髪の男は消えた。
いや、正確には転移魔法で移動したのだろう。
残されたプルトの表情は元の無表情に戻っていた。

「さて、あの2人はどう育てようかな」
月明かりの下、プルトは前髪で隠した左目周辺を撫でる。
もし両目が健在ならルナが言う通り。
人間の子供を弟子にするなどあり得なかっただろう。
それほどまでに彼女の目は特別なのだ。

彼女は二つ顔がある。暗殺者としての顔とアサシン教団としての顔だ、
故に彼女は普段から二つの顔を使い分けている。
邪教の最高指導者として、偽りの慈悲と愛を与える女神の顔と、
先ほどルナに見せた冷酷な殺戮者としての顔がそれだ。
だからこそ求めた、潰れた左目の代わりとなる新しい眼を。
そして、その眼となるのにふさわしい子供たちを見つけたのだ。

「天使だ」「助けてくれた」…救われた顔をして、しがみついてくる子供たち。
勝手に救済者に仕立てあげて、可愛いものだ。
ママごっこでもして信じ切らせれば。
“アサシン”として使うには手っ取り早い。
なら、好きに信じていればいい。

目元に浮かぶ微かな微笑みは、優しさではなく計算だ。
感情も奇跡も必要ない。ただ効率的に“使える子供”を増やすこと。
それが、六将プルトが“異能なし”で恐れられる本当の理由だった。