アルルカン編-2章・燻る勇者達 - 5/5

「……殴り合いは悪かったよ。でも、スったことは謝る気ねぇ」
その一言に、ガイウスは思わず声を裏返して叫ぶ。
「意味わかんねぇよ!人の財布盗んどいて何開き直ってんだお前は!?てか常識ってもんが――」
サタヌスはむすっとした顔で言い返す。
「は?“生きるため”にやって何が悪いんだ?」
「“生きるため”とか言いながら殴るのとスるの両方やるなよ!普通に謝れよ!なあ!?」
「だから殴り合いは謝っただろ?……ったく、うるせぇやつだ」
ガイウスはさらに食い下がるが、サタヌスは肩をすくめてそっぽを向く。

屋根の上では、スラムキッズたちが「うわ~これぞ土曜サル兄貴の謝罪ムーブ」
「全然悪びれてないの笑う」とひそひそ。
そんなこんなで、勇者とスラム番長の間抜けな“和解(?)”の空気が。
スチームと埃の中に漂い始めるのだった。

ガイウスは泥だらけのまま、切実な声でコンパスに問いかけた。
「なぁアストラ・コンパス。嘘と言ってくれ……コイツと二人旅とかいやだぞ……」
しかし、勇者専用のコンパスは何の情けもなく、サタヌスの方向を指し続けている。
屋根の上のキッズたちが騒ぎ始める。
「そういや兄貴、勇者って超人らしいぜ?素手で鉄曲げるとかさ」
「それと互角以上にプロレスやるとか、土曜サルすごいやつじゃね?」
「猿じゃねぇよ!!!!」
サタヌスが怒鳴ると同時に、その手の甲をガイウスに見せつけた。

「だが……確かに。お前が来る少し前から、これが出てきた」
そこには――ほんのりと光る“聖痕”がくっきりと刻まれていた。
キッズたちが口々に「勇者じゃん!」「兄貴まじかよ!」と大興奮する中。
ガイウスは頭を抱えて絶望する。
「終わった……俺の勇者PT。最初の仲間が……美少女とかじゃなくて、こいつ……」
アルルカンの裏路地で、勇者パーティの伝説はこうして始まった。

ガイウスは、泥まみれで石畳に突っ伏しながら天を仰いだ。
アストラ・コンパスの針は、容赦なく目の前のチビ番長――サタヌスを指している。
(……いや待て、俺の“二人目の仲間”って、本来は女の子のはずだろ!?)
頭の中で希望に満ちた勇者脳内シアターが上映される。
そこには、ふわふわした髪の美少女魔法使いが、花びらと共にスローで駆け寄ってきている。
『勇者様~! 私も一緒に戦いますっ!』
(そうだ、こういうのだ! こういうのを想像してたんだ俺は!!)

……が、次の瞬間。
花びらは黒煙に変わり、美少女の姿がガラガラと崩れ落ちる。
そこから現れたのは。
「は? 財布返さねぇが?」
ゴミ袋の上にドカッと座るサタヌス、ドヤ顔で財布を指でクルクル回し中。
「お前……何夢見てんだよ? 現実見ろよ?」
幻想の中で残っていた花びらが、ガイウスの顔面にバサバサと降りかかる。
その度に彼の瞳から光が抜けていく。
「アストラ・コンパス……お前、非情すぎねぇか……?」
勇者は泣きそうになりながら、犬耳(※幻覚)を垂らした。
スラムの屋根の上では、キッズたちが腹を抱えて笑っている。

「勇者PT、出オチすぎて最高!」
「二人目が美少女じゃなくて“土曜サル”www」
その夜、勇者ガイウスの心に刻まれた教訓は1つだけだった。
「幻想は信じるな。現実はだいたいサタヌス。」
――崩れ去った美少女の幻。
現実は、ゴミ袋の上で「財布返さねぇが?」とドヤるチビ番長サタヌス。
ガイウスは顔を覆い、震える声で呟いた。

「……俺の勇者PT、もう終わったんじゃねぇか……?」
その時、サタヌスがふいに手の甲を見せてきた。
ぼんやりと、だがはっきりと――淡く光る聖痕がそこに浮かんでいた。
「なぁ、これ……お前が来るちょい前から出てきたんだよな。
ガキどもが勝手に“勇者じゃん!”とか騒いでるが……」
屋根の上のスラムキッズが、一斉に大騒ぎし始める。
「兄貴、勇者確定!!」
「ワンコとサルのW勇者PT!? 出オチすぎる!!」
「今日から“デカ犬&土曜サル”だな!」
ガイウスは顔を引きつらせ、天を仰いだ。
――どこかで鐘の音が鳴っている。いや、それは自分の鼓動かもしれない。

「ちょっと待て……なんでだよ……」
ガイウスは震える指でアストラ・コンパスを指し示す。
「なんでこいつが勇者枠なんだよ!?俺の隣に並ぶの、女の子じゃねぇのかよ!?」
キッズの一人が肩をすくめて叫んだ。
「勇者様も犬なら、相棒はサルでちょうどいいじゃん!」
ガイウスはガクッと崩れ落ちた。
背中に刺さるような視線の中で、彼は自分の未来を悟った。
(……俺のパーティ、絶対まともにならねぇ……)
その瞬間、ノワール区の夜空にガイウスの魂の遠吠え(※幻聴)が響いたという。

サタヌスがゴミ山に座って、しみじみ問いかける。
「つーかよ、本気出しすぎだろ。
上層じゃ1000ソルなんざ、アルルカンじゃドリンク買うだけで消えるカネだぜ?」
ガイウスは、泥まみれの顔で即答した。
「お前にはわかるまいな……引きこもりにとって自由に使えるカネがどんなに重たいか」
サタヌスは「は?」という顔で見返す。
「……本気で言ってんのか?」
ガイウスは深々と溜息をつきながら、どこか遠くを見た。
「俺、2年間ずっと家に引きこもってたんだよ。
財布ってモノ自体、久々に手に入れたんだぞ」
そう、ガイウスはドロップアウトし2年引きこもっていたのだ。
当然日用品の買い物もロディや義理の両親がやるもの。
彼はかれこれ2年ほど「貨幣」という概念と無縁だったのだ
それを盗まれた恨みは想像を絶する。
サタヌスがきょとんとしたまま、ガイウスをじっと見る。

「だからさ……あの1000ソルは、2年分の“自由”だったんだよ」
ほんの1000ソル。
でも、引きこもりにとっては「自分の意志で使える初めての金」だった。
「それをスられた恨みはな……重いぞ。
俺の自由と青春と、ささやかな買い食いの夢が詰まってたんだ!」
サタヌスは一瞬、「コイツやべぇ」みたいな目でガイウスを見てから
思わず、吹き出す様に笑った。
「……そういうの、悪くねぇな」
屋根の上のキッズたちが「貧乏くせぇ勇者だな!」「めっちゃ親近感わく!」と爆笑していた。

スラムの闇を抜けて、石畳の下町――屋台通りに、夜の喧騒が溢れていた。
「じゃ、たかが1000ソルで食える贅沢を楽しもうぜ」
サタヌスが悪ガキらしい笑みで言い放つ。
街灯の下、スラムキッズが屋台の隙間からこっちを見てくすくす笑う。
ガイウスは「はぁ?」と呆れながらも、どこか嬉しそうにその後をついて行った。
香ばしい焼き鳥の煙、ニンニクと油の混ざったパンの香り。
呼び込みのおばさんたちが「新顔かい、うまいよ!」と手招きし、
鍋の中で煮込まれる名前も知らないスープが音を立てている。

通りの端に、色褪せた幟(のぼり)と掘っ立て小屋。
屋台“マダクエル”の灯りがひときわ明るい。
サタヌスは慣れた足取りでカウンターに飛び乗り。
ガイウスもその横に、ぎこちなく腰掛けた。
「なぁ、おっちゃん!勇者が来てんだ、なんかサービスしろよ!」
「勇者ぁ?また景気のいい冗談だな、今夜は“本物”かい?」
周囲の常連客たちがチラチラこちらを見る。
「なんだ勇者って?スラムの新顔か?」
「1000ソルしか持ってねぇなら“庶民メシ”しか無理だな」
みんな分かってる、でもこの街では“安さ=贅沢”だ。

店主はニヤリと笑い、カウンター越しに串を放る。
「ここじゃ1000ソルもあれば、肉も魚も腹いっぱい食えるさ。
贅沢ってのは、金じゃなくて“今”だろうが?」
屋台“マダクエル”のカウンター席。
香ばしい煙の向こう、ガイウスが眉をひそめる。
「ていうかマダクエルてなんだよ、呪文か?」
サタヌスが悪びれもせず答える。
「賞味期限ギリギリの豚肉を焼いてるのが名物なんだよ」
ガイウスは絶句した。
「その“まだ食える”かよ!?」
店主が豪快に笑い、串を差し出す。

「一本いかが?賞味期限、残り半日てことで20ソル!」
20ソル。
ポーションより安い。
こんな値段で果たして本当に“贅沢”ができるのか?
ガイウスの心は「嘘だろ……」とツッコみつつも。
同時に目の前の豚串から漂う“ありえないほどウマそうな香り”に胃袋が全力で抗議を始めていた。
ガイウスは内心のプライドと空腹のどちらを取るべきか。
頭の中で天秤を振り切らせながら、結局、店主から受け取った串を無言で一口。

……やばい。
“まだ食える”どころか、“今が一番うまい”かもしれない。
腹の底から熱が広がり、スラムの冷たい空気が全部、この豚串一本に溶けて消えていくようだった。
「どうだ、犬の主食ってバカにされてるけど、最高だろ?」
ガイウスは思わず笑った。
「……否定できねぇな。腹減ってたら何でも美味いわ」
“賞味期限ギリギリの豚串”に二人でがっつく夜は。
意外にも最高の贅沢になったのだった。

ガイウスは、無我夢中で豚串をあっという間に平らげた。
串が空になったのに気づくと、つい「もうないのか……?」と。
犬のように名残惜しそうな目で店主を見つめる。
その表情を、屋台の奥からスラムの悪ガキたちがバッチリ目撃していた。

「なぁ、今の見た?でっけぇ犬みたいな顔だった!」
「シェパードだよ、ほら! あの、上層の金持ちが連れてるやつ!」
「あー!コワモテだけど目はめっちゃ忠実なあれだ!」
ガイウスがキョトンとしている間に、周囲はいつの間にか“新名物”を囲む空気に。
「おい、ガイウス。お前、今日から“デカ犬”な」
「“大型犬勇者”!決定!」
最初は意味が分からず「は?」という顔をしていたガイウスだったが。
次の瞬間、屋台の常連たちまでもが笑い出した。
「犬はいいぞ~、勇者向きだ!」
「“デカ犬勇者”ってなんか強そう!」
本人の知らないところで。
勇者ガイウスの“スラムネーム”がまた1つ生まれた瞬間だった。