「おいマルスうぅぅぅぅぅ!俺がなンつって買いに行かせたか忘れたのかああああああ!!」
「…チーズケーキではないか?」
「違うわああああ!俺はバスクチーズケーキつったンだよおおおお」
時刻は三時前、すっかり賑やかになった廃館には青年の怒声が響いていた。
その青年の名はユピテル、六将の一人で「轟雷将軍」の異名を持つ男である。
そんな彼が今怒っている相手はマルスという男だ。
彼はユピテルの怒りなど気にも留めず紅茶を啜っている。
怒っている理由は目の前のケーキのせい、バスクチーズケーキをリクエストしたのに。
マルスは種類がわからず、とりあえずチーズケーキならなんでもいいだろうと思って。
店員が勧めてきたレアチーズケーキを買って来たのだ。
「まぁそうカッカするなユピテルよ、このケーキは中々に美味だ」
「そういう問題じゃねえんだよ!俺がなンでわざわざ買いに行かせたのか忘れたのかって聞いてんだ!」
「……ああ。それで、突き止められたか?陛下の骸……もとい転生体は」
「もうすぐだ、レアも好きだが今日はそンな気分じゃねンだよ」
ユピテルはぶつぶつ不平を言いながら、先ほどまでのまさに雷鳴の如き怒声から一転し。
美しさすら抱かせる動作で席に着くと紅茶に口をつける。
レアチーズケーキも好きだが今日は違うらしい。
空模様のように機嫌がコロコロ変わる男だ。
「しかし、本当に転生などするのだろうか?あの御方の魂は消滅したと聞いているぞ」
「まァな……陛下の肉体はまだ残ってるンだ。その体を使って復活させるってのも手だろ?」
「なるほど……勇者たちは瓦解したと聞くが、今の私たちだけは報復もままならぬな」
歴史に名を刻むためには犬死できん、そう口の奥で呟いてマルスは切り分けたチーズケーキを口に入れる。
遅れるようにバルコニーから景色を見ていたウラヌスとネプトゥヌスも入って来る。
ウラヌスはバスクチーズケーキだと聞いたのに。
焦げ目がないことに目敏く気づいたようで、ちょっと浮くとテーブルに手をつく。
「あれ~マルたんこのケーキ焦げてなくない?バスクは表面がカリッとしてるよね?」
「ユピテルもユピテルです。人の顔を覚えられない男がケーキの種類がわかるわけないでしょう?」
「……チッ、確かにな。お前らも食えよ、マルスの野郎が間違えたのは腹立つが中々うめぇンだぜ」
「わ~い♪じゃいただきま~す♪」
「では私もいただきますわ、このレアチーズケーキとやらも中々に美味ですわねぇ」
事故物件の居間。
ユピテルとマルスのチーズケーキ論争を横目に、ネプとウラヌスが茶器を並べていた。
ふいに扉が開き、一人が戻ってくる。
「ただいま戻りましたぁ〜」
白と紫の軍服を揺らし、氷の将――カリストが、にこやかにお茶会へ加わった。
ウラヌスはカップを掲げて笑う。
「おかえり~カー君♪ またオウカ行ってきたの?」
カリストは軽く頷き、声の奥に冷たいものを宿していた。
「はい。高名な風読み師たちが、口を揃えて言っておりましてね」
「この都は百年以内に地割れに呑まれる。
訪れるなら今のうちにしておきなさい、と」
ウラヌスが笑みを引きつらせ、ネプは一瞬だけ目を伏せる。
カリストは続けた。
「既に捨て去った故郷ですが……
完全に地図から消える日を、私は感じ取っております」
風読み師は、古くから「気流を読む」ことで未来を占う人々だった。
彼らはただの占い師ではない。
海風・大気の揺らぎ・雲の形を読み、そこから「これから何が起きるか」を見通す。
その技術は航海と深い結びつきを持つ。
嵐を避けて無事に港へ帰るために、船乗りたちはこぞって風読み師を頼った。
そのため、彼らの多くは「港町」に住み、船と共に生きてきた。
農家にとっても、風読み師は欠かせない存在だった。
「今年は冷夏だ、種蒔きは遅らせろ」
「風が湿っている、雨は三日後に来る」
そう告げられれば、豊作と飢饉の分かれ道すら左右された。
特に「高名な風読み師」となると、その言葉は時に王族すら逆らえない。
彼らはただの気象学者ではなく、「災厄を読む者」として畏れられたのだ。
百年先の災害をも見通すとされ、その予言は国の運命すら左右した。
カリストがオウカで耳にしたのも、そんな風読み師たちの声だった。
「百年以内に、大地は裂け、都は呑まれる」
故郷の滅びを告げるその言葉は。
軽やかな笑みを浮かべるカリストの胸に、確かに冷たく残っていた。
カリストはカップを傾け、氷のように澄んだ声で語る。
「オウカは、このソラルで最も美しい都です。
湖面に映る城、雪解けの桜並木。私は、心底からそう思いますよ」
一呼吸置き、彼は微笑んだ。
だがその瞳には狂気の色が宿っている。
「だからこそ……大地に呑まれる瞬間も、きっとこの世のものと思えぬほど美しいでしょう」
カリストにとって“滅び”は絶望ではなく、むしろ「美の完成形」。
その歪んだ愛情と憎悪の交錯こそが、彼を「六花将軍」たらしめていた。
五人で仲良くお茶をしていると、ドアを開け-六人目が入って来る。
少年にも見えるほど中性的な容姿の魔物は、ドアを後ろ手に閉めながら近づいてくる。
「あの方の場所が突き止められましたよユピテル。帝都にいます」
「流石マスターアサシン様だなプルト、帝都の何処だ?」
「……それが皇帝の養子になっているようで。これは少し難しいですね」
プルトは冷ややかに報告を終えると、カップを取ろうと椅子へ向かう。
「貴族の家なら、容易に切り崩せたのですが……」
そんなことを呟きながら腰を下ろそうとした、その瞬間だった。
ウラヌスがサッと手を伸ばし、椅子を引いた。
見事に絨毯へ尻もちをついたプルト。
空気が一瞬で凍りつく。
「……殺すぞ」
赤い瞳を細めて低く吐き出すプルト。
その声には冷気すら含まれていた。
だがウラヌスは腹を抱えて転げ回りながら爆笑している。
「ぎゃはははは!! 引っかかった引っかかったぁ!!
ほらぁ、いつも私にやってんじゃん、同じイタズラぁ!」
その一言で、六将全員の視線がプルトに集まる。
「……お前も椅子引き、常習犯だったのか?」
マルスが目を瞬かせ、ネプトゥヌスが口元に扇子を当ててくすりと笑う。
ユピテルは肩を揺らしながらニヤニヤしている。
プルトは絨毯の上で無言のまま拳を握りしめる。
赤い瞳が猫のように吊り上がり、頬がうっすら赤い。
完全に“からかわれた猫”。
「……ほんとに殺すぞ」
二度目の台詞は、明らかに照れ隠しだった。
「……まぁいいですけど。現デリンクォーラ帝国皇帝陛下は跡継ぎの第一皇子様を亡くされ。
大層塞ぎ込んでおられたそうで、その穴埋めにと託したのでしょう……あの御方、いえ雛鳥をね」
「なるほどね~つまりあの御方は今、皇帝の愛娘ってこと……でもさぁ?本当に雛鳥なのかな?」
ウラヌスが意味深な言葉を漏らすと、マルスもそれに同意するように頷く。
そしてユピテルはおもむろに席から立ち上がり、バルコニーへと歩いていく。
昼下がりの心地いい風を頬に受けながら帝都側を見つめ。金の瞳を細める。
卵から孵ったばかりの雛鳥。その雛が魔王になるか、新たなる皇帝となるかは誰にもわからない。
「まァいいさ……雛鳥なら羽ばたかせてやンよ。俺たちの王としてな」
ただ殺すだけじゃ勇者に報復できたといわない。
新たなる魔王に生まれ変わらせることで果たせたと言える、そう今こそ再動の時なのだ。
「こっからはバラバラ、六人で飯食うのは今日がいったん終わりだ。豪勢にやろうぜ」
「ではシーフードサラダにしましょう♪」
ネプトゥヌスが優雅に皿を取り、微笑んだ。
その隣でウラヌスが頬を膨らませる。
「えーいつもじゃんネプた──」
言葉の途中で、彼女の身体がドスンと絨毯に落ちる。
プルトが無言で椅子を引いたのだ。
「仕返ししやがったこいつ!!」
ウラヌスが床から跳ね起き、指を突き付ける。
一方プルトは珍しく口角を上げていた。
明らかに楽しそうだ。
ユピテルはため息をつき、フォークをひらひらさせながら言った。
「……お前ら、わかってンのか?
これからやるのは勇者共への報復だかンな?」
六将の夕餉は、笑いと怨念と報復の誓いが入り交じる奇妙な祝祭。
テーブルに並んだ料理は、まるで六将それぞれの歩んだ道を映すかのようだった。
ネプトゥヌスは山盛りのシーフードサラダにフォークを伸ばす。
「海の幸は、わたくしの力そのもの……何度口にしても飽きませんわ」
エビや貝、海藻を氷で冷やし込んだ皿は、まさに彼女の海を象徴していた。
ユピテルの皿にはカリヤ式カレー。
「サラサラしてるやつが正義だろ」
帝国風の濃厚な煮込みではなく。
スパイスが香り立つ流れるようなカレーを豪快にすくって食べる。
その仕草は普段の優雅さと真逆で、どこか“血の記憶”を滲ませていた。
マルスの前に並ぶのは真っ赤な辣子鶏。
山のように積まれた唐辛子の中から鶏肉を探し出し、黙々と口へ運ぶ。
「……やはりこれだ。炎は、こうして体に入れるものだ」
炎を愛でるように、彼は辛さと痺れを静かに味わった。
ウラヌスの皿は、子供が喜ぶような目玉焼きハンバーグ。
その横には、パフェやマドレーヌといった甘味まで並んでいる。
「えへへ〜やっぱこれだよね! 幸せ〜!」
好き嫌いはなく何でも食べるが、結局は子供っぽいものが一番好きなのだ。
カリストは丙式の和食を前にしていた。
焼き魚、白飯、味噌汁、漬物。
故郷は捨て去ったはずなのに、口に運ぶときだけは穏やかな表情が漏れる。
「……結局、ここに戻ってきてしまうのですよね」
その声には、滅びゆく故郷への皮肉と愛惜が同居していた。
プルトの前には、彩りこそ質素だが栄養バランスが完璧に計算されたミニプレート。
「……必要な分を、必要なだけ。それ以上は不要です」
特定の好物は持たない。
アサシンにとって、食事はただ生き延びるための燃料にすぎなかった。
六人六様の皿が並ぶ光景。
異形さを映し出すと同時に“家族的な晩餐”を思わせるものでもあった。
どれも六将それぞれの好物だった。
これが六人揃って囲む最後の晩餐になることを、皆が感じていた。
カリストは杯を取り、艶やかな笑みを浮かべた。
「では……私とユピテル様は帝都へ向かいます。
また全員で、乾杯できれば良いですね」
一瞬だけ、場が静まる。
彼の声音には冷たさと、奇妙な期待が入り交じっていた。
マルスは大きな手で杯を持ち直し、赤い肌を揺らしながら低く言った。
「歴史が新たな時代に進み出している。
……気を抜くな。時の流れは驚くほどに早いぞ」
その言葉は、この場にいる誰よりも重く、静かに沈んでいった。
それでも六将たちは杯を掲げる。
怨念、笑い、欲望、静けさ。
それぞれの感情がぶつかり合いながら「再起」を誓う乾杯が響いた。
こうして事故物件の食卓は、一時の終わりと新たな始まりを告げる場となった。
「さて、行こうかねカリスト。雛鳥を籠から出しに行くとしようぜ?」
「はい。ユピテル様」
「ええ。そうですね……三人も、お茶会は終わりですよ?」
「よろしくてよ、わたくしは港へ」
「ウラちゃんは秘密♪」
「私はフーロンへ、ウラヌス。共同作戦だ、肩に乗れ」
「は~い」
ウラヌスは慣れた様子でマルスの肩へと座り、そして彼らは動き出す。
全ては新たなる王の誕生のために。