出会い編-家出仲間の絆 - 5/6

起きるともうルッツは起きていたのか、ベッドから消えていた。
船室を出ると他の乗客は昼に到着するクードスへの準備しているようだ。
「クードスには何があるの?」
「そこにエルフはいる?」
「ちょっとー!ちょっと~?」
ルッツはすぐ見つかった、他の乗客へ小柄な体を跳ねさせながら質問している。
どうも乗客たちはハーフエルフがいることに驚いているようだ。
興味津々な様子にロディが重なり、ガイウスはちょっと遊んでやりたくなった。

「クードスは俺行ったことあるぜ」
「え?どんなん」
「じゃ傍に来な、聞かせてやるわ」
ルッツが駆け寄ってきたのを目に捉え。
ガイウスはルッツが飛び込んでくる寸前でマントを翻した。
びたーん!と派手な音を立て船内の壁にぶつかってしまうルッツ。
宛ら闘牛士のようにマントを翻すガイウス、
そして「あいたた……」と顔を押さえながら立ち上がるルッツ。
「ちょっと!何すんのよ!」
「……ぷっ、はははははっ!」
思わず吹き出してしまった。だって面白いのだ。
だが笑われたのが嫌だったのか、ルッツはぷくーっと頬を膨らませる。

「もう!笑うなんてひどいじゃない!!」
「いや悪い悪い……ククッ」
「あーもー!!絶対悪いと思ってないわ!あたし牛じゃないのよ!闘牛士!?」
「あー腹いてぇ!おい叩くな。結構いてぇな!」
ルッツがポカポカ叩いてくるのでそれを軽くあしらう。
他の乗客も見ていたのか、笑いを堪えている人や微笑ましそうに見ている人など様々だ。

-その時だった。甲板から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
また喧嘩かと思ったがどうも様子がおかしい。
悲鳴のようなものも聞こえるじゃないか!
ルッツとガイウスはいつもの子供のような言い争いを一旦中断し甲板へ急ぐ。
既に甲板は魔族の襲撃で悲鳴が飛び交い、中には負傷した乗客も見えた。
魔族たちは野良のものと違い、上位の存在に指揮されているようで彼らの動きは統制が取れている。

-魔王軍だ、魔王が滅ぶと同時に沈黙した組織だがついに動き出したか。

指揮官は何処だと見回すと、ここにいるぞと言わんばかりに気品に溢れた。
そして明らかに他の魔物より澄んだ声が荒れる海から聞こえてきた。
「勇者は遅れて来るとはよく言うものですのね」
「ッ…その声は」
「蒼水将軍、見参ッ!!」
ざぱぁっと水しぶきをあげ、海面からイルカのように女魔族が飛び出す。
その様はまさに人魚-七色に煌めく鱗を持つ美しい人魚の姿をしていた。
彼女はそのまま空中で回転しながら一回転すると。
綺麗な着地を決め、甲板に降り立つと同時に下半身は魚のそれから。
均整のとれた女性のそれへと変化する。

「久しぶりだねぇ……蒼水将軍ネプトゥヌス」
「ええ、我らが魔王様が討たれて以来ですわね」
ネプトゥヌスという女魔族は端麗な顔を怒りに歪めていた。
美貌ゆえになんとも言えぬ凄みがある。
その後ろに控えている部下らしき者たちも同様だ。
皆一様に殺意に満ちた眼差しを向けてくる。

「貴様ら、ここで朽ち果てるがよい――」
ネプトゥヌスが凛と名乗りを上げた瞬間。
ルッツが小声でガイウスをつついた。
「ねぇ、王様ってあんたに幾ら渡したの?勇者ならさ、金貨の山ぐらい貰ったんでしょ?」
ガイウスは鼻で笑い、肩をすくめる。
「1000ソル」
「……やっっす!!??」
ルッツの声が甲板に響き渡る。ネプトゥヌスの決め台詞が完全にかき消えた。

「だろー?せめて馬一頭とか、家一軒くらい渡せよな?公共交通2回分だぞ?!」
「ははっ!ホントにケチ王様ね!それで世界救えって、無茶振りすぎ!」
ネプトゥヌスは一瞬「え?」と目を瞬かせた。
部下たちも「……今、戦闘前だよな?」と互いに視線を交わす。
だが当の二人は完全に金銭トークに夢中だった。

「ふんっ、わたくしを無視して――」
怒気を滲ませるネプトゥヌスをよそに、二人は盛り上がる。
「だろー?俺、最初の旅の間ずっとマントが寝具だったんだぜ。マントはマジでいい」
「もう勇者じゃなくて貧者じゃん!」
「しかも追放者。三拍子揃ってんぞ」
ガイウスは曇天を見上げながら、ふと苦笑した。
(そういえば……アルルカンであいつに財布すられたとき。
「そんなはした金。歓楽街エリアじゃドリンクで消える額だぞ」って笑われたっけな……)
あの時は腹が立ったが、今にして思えば的を射ていた。
あいつ――サタヌスは、最初から現実を知っていたんだ。
自分だけが知らずに、「勇者の手当」なんて幻想に酔っていたのだ。
ガイウスは肩をすくめ、曇天を見上げてぼそりと呟いた。

「勇者、貧者、追放者……次は何者になるんだろうな」
その顔はどこか達観したようで、ほんの一瞬だけシリアスな空気が流れた。
ルッツも口を開きかけ――。
「何を楽しそうにしているのですかああああ!!」
ネプトゥヌスの絶叫が甲板を震わせた。
「わたくしの登場を茶番で潰したうえに人生相談!? 船ごと沈めますわよおおお!!」
部下のサハギンが堪えきれず笑いかけるが。
睨まれた瞬間に青ざめて背筋を伸ばすのだった。

「わたくしが作ったシリアスな空気ぶち壊さないでくださいます!?
もうせっかくらしい登場をしたのに…ごほん、改めてわたくしは!
魔王様の腹心たる六将が一人、蒼水将軍ネプトゥヌス!…残党がつきますがね」
ルッツとガイウスのどこか呑気な会話に出鼻を挫かれたが、すぐに冷静さを取り戻す。
そして改めて名乗ると、その口上を合図に部下達も戦闘態勢に入った。

「いきなり大ボスのお出ましかい、魔王様が死んでよっぽど余裕ないってわけだ」
「貴方が王の首を刎ね早3か月、我等六将は魔王軍を立て直そうと必死でしたのに、
貴方ときたら呑気に女漁りですか? 本当にいいご身分ですね。腹立たしいことこの上ない!!」
「はん、その程度のことで怒ってんのか。首一つ取ったくらいでガタガタ言うなんてよぉ」
「ふんっ……装備も没収された身には過ぎたものと
思いますが念のため、行きなさいクラーケン!!」
ネプトゥヌスは手を振り上げると同時に水が盛り上がり現れる。
水棲の魔物でもかなり大型の魔物-クラーケンだ。

「うひゃぁ~でっか……」
「暫くタコには困らねぇな」
「そうね…倒せたら、ねェ!!」
クラーケンの触手を二人で避けつつ攻撃するが、なかなか有効打にならない。
やはり装備を没収されたのは大きかった。今のガイウスは丸腰状態なのだ。

いつもなら一撃で切り裂ける触手も。
水棲魔族特有のブヨブヨとした皮がそれを防いでしまう。
何より甲板の向こうには乗客が集まって縮こまっている。
魔法を下手に使えば彼らを巻き込む!
いくら追放され勇者でなくなった身とはいえ良心はあるのだ。
ネプトゥヌスも最初は何をしている?という顔をしていたが。
彼が手を出すに出せないこと。
何よりガイウス側の装備が貧弱極まりないことに気づき。
口に手を当て優雅に、そして残忍な笑みを浮かべた。

「おーほっほ!手も足も出ないようですわね!」
「クソが……!!」
「ねぇ、キズ野郎。あのデカブツの弱点とか知らないの?」
「……知らん。だが水棲魔族てのは昔っから雷に弱いモンだ、雷……雷?」
頬にぽつんと落ちた冷たい感触に見上げると、ちょうど天候が荒れてきたようだ。
海の天気は変わりやすいとはよくいう、だが今の二人にとっては天の助けである!
(雷!そうか、あいつに雷を落とすんだ!!)
思いつくが早いか、ガイウスはショートソードを振りクラーケンの触手を払う。
初期装備と言うことで威力は期待できない、だから扱い方を工夫した。
ちょうど食い込ませるように、刃先でなく中心を触手に当てる。
そして、そのまま力一杯振り抜くと触手が千切れ飛ぶ。
クラーケンの意識がちぎれた触手へ向いたスキに。
ガイウスはルッツを連れメインマストへ急ぐ。

「おいヒスエルフ、避雷針って知ってるか?」
「何いきなりキズ野郎!?」
「雷はなぁ、通り道を作ればそっちに落ちるんだよ!この剣を避雷針にする!」
「そんなことしたら一発で壊れるよ?」
「いいんだ、どうせ初期装備だ。ここで捨てちまった方がいい」
「そういうことね、わかったわ!」
そういうや否や彼女は船首に向かって走り出し、柱に縄で縛り付け始めた。
空にはゴロゴロと雷が鳴り始め今にも雷が堕ちそうな空模様。
ルッツの頬に伝っているのは冷や汗か?雨粒か?それとも……?

「サンダーボルト!!」
詠唱とともに杖が掲げられた直後、ガイウスが動いた。
それまで使っていたショートソードを勢いよくブン投げ、クラーケンの眉間に突き立てる。
それ自体は然したる威力ではない、だが狙っていたのはその後。
ルッツの詠唱で導かれた雷はまっすぐクラーケン、正しくはショートソードに落ちた!
剣を媒介に雷を、それも魔導士が使うものでない。
「自然現象としての雷」を引きずり落としたのだ。

雷鳴が甲板を裂く。
突き立てられた剣と、掲げられた杖。
ふたつの意思は稲妻を導き、嵐を支配した。
――あの瞬間、二人の間には確実に“連携”が生まれた。

魔族には決して繰り出せない、人のみが放つ奥義。
ただ船を守る、その一心だけが、半エルフと元勇者をひとつにしたのだ。

『グアアアアアアアアアア』
悲鳴とともに、クラーケンが雷に打たれ倒れる。
それを見たネプトゥヌスは驚愕した様子で叫ぶ。
「な、なぜ……!?あなた達は初期装備のはずです!」
その反応も無理はない、本来今の二人ではクラーケンを倒せる装備をしていなかったのだ。
だがガイウスの「魔王を倒した」という経験は貧弱な装備すら強力な武器に変えていた。
彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、すぐに冷静さを取り戻し告げる。

「くっ…帝国へ戻って練り直しといきましょうか、ごきげんよう!」
「あ…」
「さすが六将だ。見事な負け惜しみだぜ…」
ネプトゥヌスが消え、残されたのは勇者もとい追放者ふたり。
こんがり焼けたクラーケンの死骸、そして……。
「た、助かった……?助かったの?」
「ええええ~ん、怖かったよママアアアアアアアアア」
助かったことに安堵し、泣き崩れる人間たちの姿だった。
中には幼い子どもの姿もあった。
思わずゾッとしてしまうが、同時に少し誇らしかった。

「はーはー……ありがど……あぁ息切れして喋れない」
「ショートブレッド食べるか?」
「今喉カラカラだから!食べるけど水も!」
「ほれ」
「あむっ……んん~」
ルッツは水で残りのショートブレッドを飲み下し一息つく。
これで気に入りのお菓子がなくなってしまった。
まぁクードスは大きい街と聞くから、似たクッキーもあるだろう。

「さっきの青い女。ネプ……なんとかて言ってたね、知り合い?」
「知り合いもなんも、俺が魔王をぶっ殺した」
「なるほどなる………は!?!?」
ルッツは一瞬納得するも、すぐにその意味が頭に染み渡って理解する。
魔王を倒した?それって……。
「え……?ええぇーーー!?」
「うわっうるせッ!」
「キズ野郎!あんた元勇者だったの!?」
「ああそうだよ、だから言っただろ」
「言ってないよ!でも、じゃあなんで魔王を倒したのにこんな所にいるのよ!?」
「あー……それは……」
-そう、俺は勇者だった。だが今は違う、国を追われた追放者なのだ。
そしてこの少女をも巻き込んだのだ。
何から言いだそうとガイウスが頭を掻いていると。
ルッツの大声に目の前に立つ者が「何者か」気づいた客たちもざわつきだす。

「勇者様だと……!?」
「勇者様が救ってくださったのか」
「勇者様、どうか我らをお助けください!」
口々に救いを求める声が上がる。
だが、その期待に答えることは出来ないのだ……。
「俺はもう勇者じゃない、魔王も死んだんだ!だから……」
「いいえ!貴方はまだ勇者です!!」
突然の声に皆が振り向く、そこには一人の女性がいた。
-彼女は確かこの船に乗ってた客の一人だ。
その隣には目を泣き腫らした子供、そうだ。さっき甲板から逃げ遅れた乗客だ。

「貴方様がいなければ、この子も私もここにはいなかったでしょう」
彼女はそういうと子供を前へ出す。
子供は泣きながらも「ありがとう」と 感謝の言葉を口にした。
ガイウスは自分とルッツで守り抜いた小さな命へ。
良くも悪くも「勇者らしい」笑みを浮かべることしか出来なかった。

「クードスにはついたろ。行くぞ、ここ居ると背中がむず痒いわ」
「そうね~いいことするのって慣れないわ、おチビちゃんも元気でね」
ルッツが手を振ると子供は赤く腫れた目をこすりながら、精いっぱいの笑顔で手を振り返した。
「勇者様!ありがとう!」
-元な。そう返すと二人はタラップを降り、クードスの街へ歩き出した。