大陸の玄関口-港湾都市クードス。
ガイウスは1年ぶりに訪れた街を眺め、ふと息をついた。
クードスはどれだけ発展しても、水路だらけという構造が変わらない。
水路をゆっくり進むゴンドラも健在だ。
船頭たちは舟を漕ぎながら観光客に話しかけ。
どちらかといえば移動より「おしゃべり」こそが主な役割になっている。
それでも観光客は楽しげに耳を傾け、船は今日も川面を行く。
「さっきのも株上げのため?」
「違う。ネプトゥヌスの野郎が出てきたからだ、サハギンくらいなら昼寝してるよ……」
「帝国はどっちかな?」
「もう帝国だぞ。大陸の半分は帝国だ」
「マジ!?でっ……かぁ…!!」
「お前のいた森がどれだけデカいか知らんが、帝国はそれだけデカいってことだ」
ルッツが驚くのも無理はない。
このクードスだけでも、アルキード王国首都ラピアより大きいのだ。
その大きさはアルキード王国がいかに小国かを物語る。
アルキード王国は勇者の聖地、同時に勇者頼みで強い国とは言えない。
そのためデリンクォーラ帝国の庇護下に入っている。
潮風を受けながら二人は、先ほどは言えずじまいだったことをお互いに話していた。
今のうちに事情を知っておくことで拗れを防ぎたかったのだ。
「まぁおかげでこのザマだ。アルキードには帰れねぇよ」
「ご愁傷様……」
「そういえばお前、森を出てからどうするつもりでいた?」
「う。決めてない……こんな森出てってやるわ!!て怒鳴って出てきたはいいけど、 その後のことは」
お互い予定もいく場所も決めずに来てしまった。
せっかくなのでと目についた旅人や船員などにあれこれ聞いて回る。
すると色んな事が聞けた、いま帝国の中心では何が起きているかとか。
何処の店が安くてお得だとか。
「ダリル様がお亡くなりになっちゃって、貴族たちは目の保養がなくなったと深く嘆いていたけど。
最近帝都にきた皇子様がすっごいイケメンなんだって」
「イケメン?美形ってこと?」
「そう、もうすっごいイケメンだって!あ~私も一目見てみたい」
ルッツは丁度同年代の、パン屋の売り子の会話に聞き耳を立てていた。
去年亡くなったという第一皇子ダリル・アンブロジアは聡明で優しく。
剣の腕も立ち、加えて美男子だったそうで貴族たちはこぞってダリルを慕っていたという。
「皇帝陛下は世継ぎに悩まれているようで、最近現れた家臣を珍重しているそうよ」
「それで、その皇帝陛下の養子がルチア・アンブロジア様というお子様なのだけど――」
その名を耳にした瞬間、ガイウスの胸の奥で何かがかすかに震えた。
(……ルチア。まだ、無事でいてくれたのか)
蝕に呑まれ、廃人と化しながらも皇帝へ託した「ルナの娘」。
あの時の願いが、まだ途絶えていない。
知らず、彼は小さく息を吐き出していた。
彼にとってルチアは、希望そのもの。
魔王になど決してしてはならない、ただひとつの光。
その名がまだ生きて人々の口に上ること――それだけで今は十分だった。
(……どうか。遠くとも、このまま光であってくれ)
潮騒の中、彼は誰にも聞かれぬほど小さく、祈るように目を伏せた。
六将のネプトゥヌスが生きているということは。
あとの五人も生きていてもおかしくはないということだ。
まぁとりあえずはせっかくの港湾都市ということで。
屋台のメシでも食べるかと思うが、ここでまた隣のチビエルフが厄介者になった。
「肉は嫌、他の屋台にして」
「はぁ!?こんな旨いのにか。偏食だなぁ!!」
「おやぁ兄ちゃん、エルフは初めてかい?」
屋台前でいきなり肉は嫌と言われ不機嫌になるガイウスに対し。
店主はニヤニヤしながら椅子を勧めてくる。
これは最低でも一本は買わされるパターンだが。
歩き疲れていたのもあって大人しく座ることにする。
「エルフは繊細な生き物でな。
肉々しい肉を食うと気絶したりしちまう。てことでお嬢ちゃんにはこれがいい」
「あ、このタコ足。もしかしてクラーケン?」
「御名答。クードスはクラーケンを食う文化があってな!
しかも誰か知らんが、デカいのを仕留めて安く仕入れられたのさ!」
定期船でネプトゥヌスに一泡吹かせたのが巡り巡って串焼きになった。
熱でくるんと曲がらないよう、店主が串を回し焼き加減を見ている。
「海産物って食べた事ないんだけど、うまい?」
「まずは食わず嫌いせず食ってみな……よし焼けたぜ!」
「ありがとう!じゃあね~」
ルッツは嬉しそうに一本受け取ると、そのまま食べ始める。
「噛み切りにくっ……!でもうまッ、ほらあんたも!」
「あ?確かに肉より安いな……俺もこっちで」
ルッツに勧められるまま、ガイウスも受け取ったタコ足に齧り付く。
ガイウスも一本受け取り食べる。
タコの旨味と香草の風味がよく合う。
そして隣に視点を移す。
このエルフは……いやハーフエルフは、人間よりも長寿で成長も緩やかだ。
だから見た目こそ幼いが実際は年上かもしれないな。
そんなことを考えているうちに、店主の屋台には長蛇の列が出来ていた。
いつもは割高の「クラーケンの串焼き」が半額ということで。
我も我もと客が押し寄せたのだ。だが二人にとってそれは幸運だった。
お店を回すほうに集中され、奇異な組み合わせに触れられることもなかったからだ。
列を邪魔しないようそそくさ離れる二人は、パン屋の売り子の少女とまた出会う。
どうやら彼女も串焼き目当てにやって来た客のようだ。
「あ!さっきの、クードスには何日いるの?」
「今日中はいるよ!」
「じゃ夜の市場も見るといいよ、クードスは夜も楽しいから」
「夜の市場ってなんか楽しそう!ありがとう、バイバ~イ!」
歩き回るうちに夕方になっていた。
ガイウスはクードスの街並みを1年ぶりに眺め、息をつく。
水路だらけという性質上、この街は車輪で走ることが出来ない。
だから急速に発展する中-ここだけは1年前と然程景色が代わっていなかった。
そして1年前-クードスといえば、あいつだ。
「……このクードスで、あいつ-ユピテルと出会ったんだ」
ルッツが首をかしげる。
「筆頭将軍でしょ?どんなヤツだったの?」
ガイウスはしばし沈黙し、苦々しく言った。
「なぜか半ズボンなんだよ」
ルッツは盛大に吹き出した。
「なんで???」
「ファッションは変だが……ガチで強い。絶対油断するな」
ルッツは紙切れに鉛筆を走らせ、さらさらと描いて見せた。
「半ズボンで、金髪で、チビで、マント……」
「大体こう?」
そこにはマントを羽織り、丈の短い半ズボンを履いた金髪の人物が。
誰が見ても、ユピテル。
……いや、むしろ本人よりズボン丈が短く、完全に小学生にしか見えなかった。
ガイウスは目を見開き、次の瞬間、口を手で押さえた。
「おまっ……ちょ……!!」
声にならない笑いが漏れる。
数か月ぶりに込み上げる爆笑。
腹筋が痙攣し、肩を震わせながら必死に息を整える。
「うわ、こいつ笑い出した」
崩れ落ちるガイウスを見て人々がざわめく。
「あのデカい兄ちゃん、苦しんでる?」
「いや……あれ、笑ってるぞ」
こうして“呪いのお兄ちゃん”と呼ばれた男は。
ほんの一瞬だけ、人間らしい笑い声を取り戻していた。
—–
夜が落ちると、クードスの水路沿いには提灯が灯り、石畳に暖かな光が滲んでいた。
橋の上では観光客が肩を寄せ合い、水面には街灯と屋台の火が揺らめいて映る。
「うっわぁ~すごい人ね……もう、頭ぶつけちゃうわよ」
「お前いつもぶつくさと文句ばっかりだな、エルフは高潔な生き物と聞いたが?」
「例外があるわ、例外が!」
そう言いながらもガイウスの腕を掴み、離れないように歩く。
水面に反射した灯りが、夜空よりも眩しく輝いていた。
クードスは、やっぱり他の街とは違う。
光と影が水の上で溶け合い、見る者の心をふわりと浮かせる。
ガイウスはその中を、どこか居心地悪そうに歩いていた。
「……この剣、どうするかな~……捨てるか……?」
腰のショートソードを抜き、刃こぼれのひどさに眉が寄る。
もう“剣”と呼ぶのもためらわれる。
けど水路に投げ捨てるには、どこか後ろめたさがあった。
(やべぇ……良心が邪魔する……)
そのとき休憩していたゴンドラの船頭の一人が、ガイウスの剣を見て目を丸くした。
「マンマミーア! これはまた……ずいぶんムチャさせたねぇ!」
タコ串をかじっていたルッツが、あっけらかんと笑う。
「うん、ちょっと雷に打たれちゃって!」
船頭は額に手を当て、ほんの少しだけ天を仰いだ。
「そしたら、“冶金屋(ジェッティーヤ)”に頼むといい。
あそこは腕がいい。呪われた武器だって買い取ってくれる!」
ルッツの目がきらりと光った。
「ほら、キズ野郎。決まりじゃん!」
ガイウスは剣を見下ろす。
雷の傷がまだうっすら光を返す。
捨てるには惜しい。持っているには痛々しい。
それを見抜いたかのように、クードスの灯りが揺れた。
「……分かった。行くか、冶金屋」
こうして二人は、水面に映る逆さまの夜景を辿るように歩き出した。
クードスの夜は幻想的で、旅の始まりに相応しく残酷なくらい綺麗だった。
冶金屋の工房は、金属の匂いよりも湿った潮の香りが濃かった。
壁には拾い上げた剣や、復元途中の斧、呪物めいた短剣がずらりと吊られている。
ガイウスが焼け焦げたショートソードを差し出すと、店主の老人は顔をしかめた。
「……こりゃあひどい。雷を真正面から食った焼け方だ」
煤に覆われた刃を指先で弾き、ぴん、と金属の鳴る音を聞く。
その音がわずかに弾けるように濁った。
老人の目が細くなる。
「ほう……まだ雷が残ってるね。
普通は雷撃の“あと”しか残らんのに、これは“ため込んでる”。珍しいよ」
ガイウスは気まずそうに肩を竦めた。
「……避雷針にしたんだ。仕方ねぇだろ」
彼は作業台の上に剣をそっと置いた。
しばらく観察し、雷に焼けた痕を指でなぞり、やがてぽつりと言う。
「この剣はもう“斬る道具”としては終わってる。
雷除け(タリスマン)としては極上品だ。持ち主を雷から守るいい護符になるよ」
ルッツの耳がぴくっと跳ねた。
「聞いた!? キズ野郎の剣、タリスマンになるってよ!」
ガイウスは目を瞬かせる。
「タリスマン……? 剣で……?」
老人はうんうんと頷く。
「雷を吸った金属は、正しく加工すれば“返し雷”を防ぐ。雷の道筋をねじ曲げることもある。」
ガイウスの表情がわずかに固まった。
老人は気づいていない。
「加工には二日ほどかかる。
せっかくだから出来上がるまで、この街を楽しみな。
観光でも、食べ歩きでも、踊りでもなんでもいい」
ルッツは満面の笑みになった。
「やった! 二日フリーだって!タリスマンになるとか、剣も出世したなぁ〜!」
ガイウスは剣を見下ろす。
雷に焼かれ、形を失い、それでもまだ“役目”が残っていた。
「……そうか。まだ使い道あるのか」
夜のクードスの灯りが、彼の視界の奥で静かに揺れた。
その光は、復讐者の旅路に差し込む道標のようにも見えた。
冶金を頼んだ帰り道、二人の足取りは宿を求め歩き回っていた。
安宿を探すためキョロキョロと首を動かしていた時だ。
(おや?)
聞き耳を立てる、どうやら近くの酒場でなにかやっているようである。
酔っぱらい同士の喧嘩だろうか?とりあえず行ってみることにすることにした……。