追放勇者-外伝 - 1/4

黒髪の悪魔-勇者の悪夢

昼下がりのフーロン、屋台の娘娘飯店。
湯気の立つ水餃子スープを啜りながら、ガイウスは町中の往来をじっと眺めていた。
通りを行き交う人々の頭に目が止まる。
黒髪、黒髪、黒髪。とにかく黒髪が多い。
「……多いな、黒髪」
隣のルッツが怪訝な顔で首を傾げた。

「なに、急に人種統計でも取ってんの?」
「いや……なんか最近、黒髪見ると胃がキリキリしてな」
「偏見でお腹痛める勇者って前代未聞よ」
ガイウスはスプーンを置き、深くため息をつく。
「なぁ、エルフ」
「なに、キズ野郎」
「このところ俺、夢見悪いんだよ」
昨日の夢は、特に最悪だった。
産業革命のアルキード王国——スモッグ立ち込める夜。
工場の煙突から吐き出される煤。
その屋根の上に、黒い羽を折りたたんだ“二つの影”。
プルトとサタヌスが、まるで獲物を見下ろす鴉のような目をして、無言で立っていた。
——完全に、映画の冒頭で死ぬモブを見てる目だ。

「……やべぇ、目ぇ合わせたら殺られる」
目が覚めた時には、全身汗びっしょり。
寝てるはずなのに、心臓が戦場並みにバクバクいっていた。
黒髪=危険人物という偏見を生んだ原因は、考えるまでもない。
原因:サタヌス&プルト。

彼らと出会う以前、ガイウスにとって黒髪とはただの色だった。
だがこの二人と関わってから、彼の中では黒髪が“呪い”の象徴へと変わった。

酒場の夜、ほんの出来心だった。
仲間たちが談笑する中、サタヌスが酔っ払いに絡まれる。
その数秒後には、すでに斧を構えていた。
「こいつが!!挑発したんだ!!」
「俺はガキじゃねええええ!!!」
完全にガキである。

結果:通りの屋台三軒吹っ飛ぶ。
店主に平謝りする勇者(20)、背後で武器を振り回す半魔(17)。
以降、黒髪の子供を見ると反射的に距離を取るようになった。

プルトの場合、魔王軍との再戦にて。
闇に沈む廃都の屋上。対峙する黒ローブの女。
彼女はひどく卑屈な笑みを浮かべて言った。
「私ね……幹部で一番弱いんですよ〜」
声が震えている。今にも逃げそうな雰囲気。
しかし、勇者の勘が告げていた。
(嘘だ。こいつ絶対“弱い”って言って人を油断させるタイプだ)
迷いなく剣を構えたその瞬間——

「弱いって言ってるじゃん!!なんで私を信じてくれないの!?ねぇ聞いてるゥ!?」
声量が上がった。テンションも上がった。
そして何故か魔法陣も上がった。
十メートル級の闇の刃が勇者をかすめ、街の外壁が崩壊。
その直後、プルトは「あーあ、壊しちゃった」とボソリ。
弱いとは。

サタヌス:黒髪・斧・短気 → 一触即発型悪夢製造機
プルト:黒髪・闇ローブ・メンヘラ → 嘘から始まる爆発魔
結論:黒髪=災害指定色

ハオに出会うまでは、黒髪を見ただけで逃げ腰だったという。
それも仕方がない。
一方は斧で暴れる。もう一方は感情で世界を焼く。

スープをすすりながら、ガイウスは自分で自分に引いていた。
まるで“黒髪トラウマチェックリスト”みたいになってる。
唯一の例外はハオくらいのものだ。
あの狐娘に出会って初めて、「黒髪=優しい」が上書きされた。
それまでは、黒を見るだけで警戒心がマックスになる。

ルッツはパンを齧りながら呆れたように言う。
「ていうか、それ全部“性格”の問題であって、髪色関係ないよね?」
「……わかってる、理屈ではな」
「でも?」
「黒髪見ると反射的に“あっ呪われる!”って思っちまうんだよ!!」
「思考が犬並み」
そんなわけで今日も、ガイウスは黒髪に怯える。
昼間から水餃子を啜りながら、視線の端で黒髪の影を数えている。
そしてまた夜には、“黒髪の悪魔たち”に追われる夢を見るのだ——。
人生で学ぶべきことはたくさんある。
だがガイウスにとって最も重要な教訓は——
「黒髪には関わるな」である。

その日もまた、ガイウスはアルキード王国の夢を見た。
スモッグに覆われた空。煤で曇った月。
工場の煙突から黒煙が吐き出され、屋根の上では無数の歯車が回っている。
その煙の向こう、屋根の稜線に二つの影。
黒い羽を折りたたみ、静かにこちらを見下ろしている。

サタヌスとプルト。
勇者のトラウマツートップ。
ガイウスは反射的に息を呑んだ。
(やべぇ……いる……屋根の上に“黒髪”がいる……)
心臓が鳴る。
だが、目を合わせたら負けだ。
彼は全力で現実逃避に走った。

「あー。アルキード王国だぁ〜懐かしいなぁ〜」
「ロディ元気かなー」
義弟ロディの名前を出して精神安定を図る勇者。
なお屋根の上の二人は、そんな努力をあざ笑うかのように、無言でこっちを凝視中。
視線を逸らしたまま歩くガイウスの足元に、ひらりと黒い羽が落ちてきた。
油の混じった風に揺れ、夜の光を受けて不気味に光る。
(……拾わなきゃ……いや、拾うな……でも気になる……でも呪われそう……)
右手が勝手に伸びる。
その瞬間、背後から低い声。

「……それ、俺の羽」
真後ろ。至近距離。
声の主は、へそ出し野郎——サタヌス・ルプス本人。
「ぎゃあああああああ!!!」
夢の中の悲鳴は、現実の数倍デカい。
工場の鉄パイプがガシャーンと倒れ、スモッグの街に響き渡った。
息をつく間もなく、後ろから影が二つ、屋根伝いに滑空してくる。

逃げても逃げても、距離が縮まらない。
滑空する黒髪組は、まるで狩りを楽しむ鴉の群れのようだ。
屋根から屋根へ、羽の音と風切り音が交錯する。
「……むしろ、貴方飛べないんですか?」
プルトが無感情に問いかける。
声が冷たい。氷よりも冷たい。

「おい、足だけで逃げ切れると思ってんの?」
サタヌスは笑っていた。まるで悪魔の遊び。
「うわあああああ!!悪魔が追いかけてくるううううう!!!」
必死に走っても、夢だからスタミナが切れない。
つまり、永遠に追いかけられる。
地獄の無限ランニング。
勇者の尊厳など、ここには存在しない。

—-

「……工場の屋根から、へそ出したガキと黒ローブのメンヘラにガン見されて……」
翌朝、汗だくで起きたガイウスは、朝食中の仲間に語った。
バルトロメオが吹き出す。
「お前どんな悪夢だよw」
ルッツが呆れ顔でパンを齧る。
「そのへそ出しって、どう考えてもサタヌスじゃん。
てか夢の中でメンヘラ認定するな」
「だってあいつら、夢の中でも黙って見てくんだぞ!? ホラー映画かよ!!」
「はいはい、黒髪トラウマ勇者さん。お薬出しとくね」
ガイウスは頭を抱えた。
目を閉じると、またあの羽の音が聞こえる気がする。
(……頼むから今夜だけは出てくんな……黒髪ども……)

—–

夜霧の墓地。
枯れた花と朽ちた十字架が並び、月明かりすら濁って見える。
風のたびにカーカーと鳴く声が響き、腐葉土の匂いが鼻を刺した。
どこを見ても灰色、息をするたび肺が重くなる。
その静寂の中心。
カラスの群れが一斉に舞い降りる場所に、“あの2人”がいた。

黒い羽を休め、墓石に腰かけているサタヌスとプルト。
どちらも無表情。まるで生者ではない。
動かない。瞬きもしない。ただ、首だけゆっくりと、ガイウスの方を向いた。
……見ている。

「……ちがう。違う違う違う。あれはカラス。
そう、カラスだ。カラスが人型になって座ってるだけ……」
自分に言い聞かせるように、ガイウスは小声で呟いた。
冷静に考えればカラスが人型になる時点で物理法則が崩壊しているが、勇者は本気でそう思っていた。
思わなければ心がもたない。
頭の中がグルグルする。
カラスが飛び立ち、夜空に黒い羽が散った。
そのうちの一枚が、ゆっくりと落ちてきて、ガイウスの足元に舞い降りる。
真っ黒に濡れて光る羽根。
悪趣味なまでに美しい。

「……羽根、落ちてる。拾わなきゃ……いや拾うな、拾うな俺!!」
だが指が動く。
どうしても触れたくなる。好奇心と恐怖が同時に神経を引っ張る。
あと一歩、というところで——背後から声。
「……また俺の羽、触ろうとした?」
サタヌスの声。
真後ろ、首筋に息がかかる距離。

さらにもう一人、プルトの声が重なった。
「勇者様。墓場で悪魔の羽に触れるのは、不吉ですよ」
ガイウスは一瞬で悟った。
——これはもう、夢どころか悪夢の領域すら超えている。
「ぎゃああああああ!!!」
夜霧が震え、カラスが一斉に飛び立った。
月が一瞬だけ顔を出す。その光の中で、二人の影が消える。
ただ黒い羽だけが、地面に残っていた。

—-

夜明け。
ガイウスはベッドの上で跳ね起きた。
全身汗びっしょり、喉は乾ききっている。
隣のベッドで、ルッツが寝ぼけ眼で顔を出した。
「……ねぇ、また黒髪の夢?」
「……いや、今度はカラスの夢だ」
ルッツは枕に顔を埋めながらぼそっと言った。
「絶対違うじゃん」
ガイウスは毛布を被り、震える手で顔を覆った。
その掌の間で、かすかに黒い羽が一枚、落ちた気がした。