ロケパン署長 - 3/5

クアザールは静かに指先を組み、遠い昔を見つめるように目を細めた。
「ロケットパンチ……?」
その響きは、記憶の底に沈んだ一つの事件を揺り起こす。
実用性など一切度外視した、浪漫の塊のような愚行――
いや、愚行というには、あまりに強烈で、鮮明すぎる。
「そんな……実用性を全て、浪漫に振り切ったような……」
口元には微かに笑みが浮かぶが、それは苦笑とも、あるいは畏怖ともつかぬ色を帯びている。
だが、その瞳の奥には明確な“記憶”が一瞬、閃いた。

「いえ、ロケットパンチと言えば……」
その言葉に、イグニスが真っ先に飛びつく。
「……執事さん。知ってるのかい!?それ、マジ情報!?」
クアザールは一拍、静かに息を吸った。
「ええ、私の記憶が確かならば……」
そこから先は、まるで呪文のように言葉が流れ出す。
「崩壊する前の“ここ”――即ち天球に、大地震が発生したことがあります」
場の空気が止まる。
一同が、揃って言葉を失う。
ノランだけが耐えきれず、噴き出した。
「ちょwwwwwww」
「浮遊都市で……大地震!?wwwwwwww草越えて森!!!!!」
「いやいやいや、地面無いじゃん!?浮いてんじゃん!?なんで揺れんの!?」

震える声で、アリエッティが問う。
「ゆれるの……? ういてるのに……?」
クヴァルの皮肉が静かに重なる。
「重力に勝ったと思ったら音で負けたとかバカかよ……」
クアザールは眉間を押さえ、少しだけ顔を伏せる。
あの日――天球の中枢が音と衝撃で震えた、あの異常な感覚。
思い出したくなかった記憶が、皮膚の下で微かに疼く。

「すみません、私も記憶が曖昧で……」
「ですが……もし記録が残っていれば」
淡々と告げながらも、その声にはほんの僅か、怯えに近いものが滲んでいた。
「旧天球エリアに行けば、当時の衝撃波ログがあるかもしれません」
言い終えたあと、クアザールは静かに紅茶に口をつける。
だが、カップの中に映るのは――
未だ忘れ得ぬ“あの揺れ”と、“バカな浪漫”が生んだ一瞬の地獄だった。

ノランはカメラを回しながら、まるで実況番組のリポーターみたいな顔で現場を映す。
「うわ……一気にドキュメント番組っぽくなってきた」
イグニスもどこか真剣な目で、録画ボタンをぽちっと押す。
「録画回すなら今だなコレ……」
クヴァルは周囲を警戒しながらも、不安げに口を挟む。
「おい待て、旧天球エリアって封鎖されてるだろ」

だが、それを余裕たっぷりに受け流すアヴィドが、スコーン片手に微笑む。
「だが、だからこそ行ってみたいって思わない?」
甘い匂いと狂気じみた好奇心をセットで漂わせる男である。
ノランは「うっわ、そっちが一番ヤバいこと言ったぞ今」と思わず素で引く。
だが、もう誰も止められない。

「……決まりですね」
クアザールが、静かに紅茶を飲み干す。
「我々は、天球が揺れたその瞬間を――ログという形で、目にするのです」
それは、かつて星連軍の心臓部と呼ばれた“天球”の旧区画。
今は封鎖された、静まり返った空間。
だが、一歩足を踏み入れた瞬間。
かつての喧騒と哀しみが空気の粒子にまで染み付いているようだった。

クアザールは壁の残骸に手を触れ、低く呟く。
「閣下が“いない”ことを強く突きつけてくるので、少し辛いのですが……」
その声は、誰よりも優雅で、誰よりも痛みを滲ませていた。

「最近になってようやく、受け入れられるようになりました」
「……あの少女と、皆さんの影響が大きいのでしょうね」
穏やかに語るが、その目は瓦礫の奥に眠る星の記憶を探し続けている。
……だが、この後暴かれるのは、天球屈指のクソ事件である。
しかも原因はロケットパンチ(物理)。
誰も予想しなかった地獄の幕開けだ。

沈黙をぶち壊したのは、やはりイグニスだった。
「おい!?」
クヴァルが軽く睨んで返す。
「なんだ、放火魔」
「ちげぇよ!!なんか、すっげぇ壊れ方してるぞここ!?」
イグニスの指差す先、
そこには、壁も柱も配管も天井も、完全に一直線で貫通された破損痕。

煙もなければ、焼け焦げもない。ただ、あまりにも“直線”すぎる傷跡。
まるで「何か」が、途方もない力で一瞬にして突き抜けたかのようだった。
空気が重たくなる。だが、次の瞬間にギャグの嵐が吹き荒れることを、
この場の誰もまだ知らなかった。
クアザールは軽くため息をつきながら、目の奥をわずかに曇らせる。
「ここではありませんね」
「ログの保管所は、さらに奥。レイバー准将の勤務エリアです」
その名前が静かに空間を走ると、小さな震えが混じった声が漏れる。

「レイバー……」
「リベリオさんの、おとうさん……」
アリエッティの狼耳がふるふると震えていた。声には微かな怖さが滲んでいる。
クアザールはゆっくりと肯く。
「はい」
「……リベリオさんが“唯一お願いした機能”を、真に受けて取り付けた、最高責任者です」
その一言に、場の温度がぐっと下がる。
ちょっとした冗談すら消し飛ばす、冷えた静寂。

──笑いが弾ける寸前の、緊張。
誰もが一瞬、本気で息を呑む。
けれど、空気は明らかに“地獄の再生会”の予兆に満ちていた。

沈黙を破るのはクヴァルだった。
「これ……今さらだけど」
「お前ら全員、命が惜しくないんだな」
どこか苦笑を浮かべつつも、諦めの色も混じる。

すかさずノランがツッコむ。
「そういうお前が一番ノリノリだったろ!!」
カメラを握りしめたまま、思わず素で返してしまう。
アヴィドは真顔でスコーンをもぐもぐ。
「ちなみに僕は、スコーン目当てでついてきただけです」
どんな緊張感の中でも、ぶれない吸血鬼である。

彼らが辿り着いたのは、星連軍・旧技術エリア。
ここは、レイバー准将が実際に勤務していた開発部署の残骸。
荒れ果て、焼け焦げ、紙もホログラムも乱雑に散らばる空間の隅。
キャビネットの取っ手が、うっすらと埃をかぶっている。

クヴァルは手袋越しに資料の束を乱雑にはたく。
「……チッ。これだから軍の資料は……」
「読みづれぇったらねーわ」
紙片がふわりと舞い、誰もが息を潜める中、アリエッティが目を留めた。

「……これ、なに?」
床に落ちた一枚のCD-R。
丸っこい手書き文字で「Code:Rebellion」とラベリングされている。
明らかに“黒歴史”臭が漂ってくるその一枚――
彼女は、ピコピコと耳を揺らしながら、不安げに手に取った。
「リベリオ……だろ」
イグニスがぼそりと呟く。その声に、全員が直感的な確信を覚えた。
「署長に関する記録じゃねぇか?」
CD-Rを握るアリエッティの手が微かに震える。

場の空気が張り詰める中、クアザールがそっとポータブルプレーヤーにCDを差し込む。
「いきますよ」
紅茶のカップが、カチリと机に置かれる音が妙に大きく響く。

再生ボタンが押される。
乾いた機械音のあと、数秒の静寂。
──そして、伝説は蘇る。

「もおおおおおおおおお」
「なっんなのおおおおおおおおお」
「なんで僕の天球壊したのおおおおおお」
「レイバアアアアアアアアアアアアア」
「聞いてるうううううううううううう!?」

その絶叫、まるで空間そのものを叩き割る音圧。
部屋が震える。いや、本当に物理で揺れている。

「ぐはッ!!耳が死ぬぅぅ!!」
イグニスが床に転がりながら悶絶。
「や、やばいッ、何回聴いても声デカいッ!!」
ノランは爆笑しながら、イヤホンを引き抜きつつ転げ回る。
「……マジでこれで地震起きたんじゃねぇの……」
クヴァルは完全に耳をふさいで半泣き状態。
「こわいよぉおおおお……声がこわいよぉおおお……」
アリエッティはロッカーの影に全力避難して震えている。

クアザールは静かに目を伏せ、スコーンをそっと置いた。
「閣下……お怒りもごもっともですが、これは……」
音圧で茶葉が舞い、紅茶がカップの中で“バクハツ寸前”。
この事件が真面目に歴史を変えたのが全員の脳裏をよぎる。

続いて流れるは“クソ言い訳”ログ。
「あ〜〜〜っと、はい。撃ちました。ええ。撃ちましたけども」
「ほら、アレです。こう……男の子の夢っていうか?」
「だって!ロケットパンチ!憧れるじゃないですか!」
「……あとショタリオが欲しがったんですよぉ、断れないっしょあれ……」
ノランはもはや腹筋崩壊。

「もう無理、腹筋やられた……お茶会でここまで笑うことある!?!?」
イグニスは額に手を当て、
「放火魔なのにこっちが焼け死にそうだわ!!」
アリエッティは震え声で、
「ロケットパンチ……って、夢だったんだ……」
クヴァルは片耳を押さえたままぼそっと。
「悪夢の間違いだろ……」
その全員の混乱と爆笑と絶望を余所に――
リベリオだけは、どこかであの腹黒い笑みを浮かべているに違いない。

全員が魂を抜かれたみたいに床や椅子に沈み込んでいた。
アリエッティは涙目で床を這いながら、
「もぉ帰りたいよぉ……」と嗚咽を漏らす。
イグニスは崩れたスコーンのカケラを握りしめ、無言で震えている。
クヴァルは耳を塞いで、「もうやだ…帰りてぇ…」と本気のトーンで繰り返す。
ノランだけが虚ろな目で「でもこれ……MADにしたら伸びるな……」
配信者根性だけがギリギリ機能していた。

だが、地獄はこれで終わりじゃなかった。
無慈悲に再生機がガクンと揺れて、
次に流れたのはレイバー准将――署長の父の、伝説的クソ言い訳ログ。
「あー……えーっと、その日、ワイン3本開けてましてね」
「……」
「激務と、睡魔と、アルコールでぇ……まぁ、あの……」
「…………」
「太古の邪神がポゼッションしてたんすわ」
一瞬、誰も何も言えない。
だが、次の瞬間ノランが立ち上がり、親指を立てて叫ぶ。

「芸術だろこれ!!!言い訳の美学ッ!!!」
イグニスは涙目でツッコミ。
「寝ろやッ!!せめて飲むなッ!!」
クヴァルは力なく首を振る。
「一番ヤベェの、飲んで寝て邪神になって職場で試射したことな」
アリエッティは号泣しながらロッカーに頭を突っ込む。
「おかしいよぉ……魔王より怖いよぉぉ……」

そして、録音の最後に
「ガシャン」――明らかに“何かを装着”する金属音。
続くのは、あの無垢な少年の声。

「驚きましたね」
「浮遊都市で大地震を経験するとは思いませんでした」
誰が聞いても“悪意ゼロ”の誠実さ、天使の声。
──だが、それこそが地獄の種だった。

「お前のせいだよ!!!!!!!」
全員、限界を超えて絶叫する。
怒りと絶望とギャグが混ざり、場の空気が真空みたいに抜けていく。
そしてログは静かに終わった。

残されたのは、虚無、後悔、そして焦げたスコーンの匂い。
この場にいた全員が、同じことを思う。
「これを“健康診断”から始めたの、正気か?」
答えはもちろん、NOである。