ロケパン署長 - 4/5

再生が終わったあと、誰もが床に沈み込んでいた。
天井を見つめる者、涙をぬぐう者、遠い目をしたまま動かない者。
鼓膜はビリビリと痺れ、目の奥が痛む。心のHPが真顔でマイナスを叩き出していた。
精神的疲労と罪の共有感が部屋に満ちている。
誰も何も言わず、「反省より回復が優先」
それがこの地獄サロンの今の総意だった。
だが静寂を切り裂いたのは、最悪のタイミングで放たれる“あの男”の声。
「なぁ……テメェら」
静かに、しかし何かが覚醒したような、低く不穏なトーン。
クヴァルが顔を上げ、周囲を見回す。

「この“レイバアアアアアアアアアアアアアアア!!”の波長……」
「芸術的だと思わないか?」
「は?????????」
全員の首がバネ仕掛けみたいにガタンッ!と跳ね上がる。
イグニスは一瞬で正座状態になり、「え、お前まさか……」と引きつる。
ノランは目を見開いて。

「いやまって、今の本気で言ってる??いやそれMAD制作者の目になってるやつじゃん!!」
アリエッティは尻尾をぺたんと床に下ろし「こわい……こわい……!」とうずくまる。
クアザールに至っては「理解が……追いつきません……!」と本気で脳内エラーの顔。
だが、クヴァルは誰の声も届かない。
もう完全に“音の妖精”というか、“災厄の芸術家”の目になっていた。

「サンプリングしてぇ」
「いやマジで……音の伸びがいい」
「“レイバ”で音を持ち上げて、“ア”で振り切って、“アアアアア”で空間を叩き割る」
「芸術だろ。空間破壊系ディストーションって新ジャンルじゃねぇか」
その理屈に、誰も付いていけない。
だが、否定できる者もいなかった。

ノランは思わず呟く。
「こいつ……本物の天才か……ただのバカか……」
イグニスは即答。
「いや、両方だ」
そのとき、部屋には“最悪の芸術”の幕が、今まさに上がり始めていた。

イグニスは血相を変えて叫んだ。
「いやいやいや!!」
「クェーサー本人に許可取らなきゃダメじゃね!?これ、ガチで!!」
ノランも同意の手を挙げる。
「無許可MAD私も作るけどさぁ……」
「クェーさんはスケールが違う。“世界燃える”級じゃんアレ!!」

だが、最悪の芸術家はもう止まらない。
クヴァルは指を鳴らしながら、どこか得意げに言う。
「安心しろ。今は人間界で小説家やってる」
「しかもマケルーダと同居中だ。あいつ経由で聞けばいい」
ノランは絶句。
「LINE送んの!?今!?」
イグニスは半泣きで言う。
「せめて“お世話になってます”とか言え!いきなり頼むな!」

……だが、クヴァルは止まらない。
誰よりも早くスマホを取り出し、指が光速で動く。
迷いも謝意もゼロ。
そのまま“地獄のLINE”がマケルーダ(世界征服ちゃん)に放たれる。

LINE(宛:世界征服)
おい世界征服
お前の居候先のやつについて許諾を取りたい
呼べ

──既読。
即既読、即レス。

返信:世界征服(マケルーダ)
は??????
いやまず内容言えよ!?!?!?
お前らまた変なことやってんでしょ!!
てか“居候先のやつ”てなに!?あの人“クェーサー”だけど!?
それ誰に言ってんの!?てか誰が読んでると思ってんの!?
……で、なにすんの?

ノランは顔を見合わせて小声で呟く。
「やっっべ、テンション高いけど許してくれる可能性あるぞこれ!!」
イグニスも期待を込めて、「ご機嫌ならワンチャン……」
クヴァルは平然と、「もう送った、続報待て」
(※また何も説明していない)

さらに追撃の追伸。
「お前が撮った“例の怒声”、曲にしてもいいか聞いといて。
タイトル『レイバアアアアア feat.Jupiter』予定。」
──この日、マケルーダのスマホが人生最大の音量で震えた。

世界征服(マケルーダ)からの返信:
ちょ…ちょ待って…!!
今ユージン(有人=クェーサー)とスマブラしてるから、終わってからにして!!
あいつのネスまじで強いの。操作精度えぐい
PKファイヤーの嵐 近づけんて!!

イグニスは呆然とつぶやく。
「……うわぁ……」
「もう同棲してる彼氏じゃん……」
ノランも素で頷く。
「スマブラ遊べるとか仲ガチやん……」
「なあクアザールさん。……クアザールさ──」
クアザールは虚ろな目で遠くを見ていた。

「……ああ、閣下が……」
「共にゲームを遊べるほど穏やかになられるとは……」
紅茶は手の中で小刻みに震えている。
伏せられた瞳は、忠犬の魂が完全に“尊さ”でショートした証拠だった。
「クアザールさん……こわれた」
アリエッティが、耳をぺたりと伏せて呟く。
「マケクェ尊い」
「いや許諾の件どうなった」

──そして、スマブラの勝負が終わる。
ユージン――元・魔王クェーサー。
今は地味で冴えない中堅小説家。
勝利画面を閉じながら、隣で満面の笑みを浮かべるマケルーダを見やる。

「え? マケルーダ……」
「僕の……怒ってる声をサンプリングしたい人がいる?」
手が止まり、瞳が一瞬だけ遠くの記憶を辿る。
――彼の記憶の扉が開く。
地鳴りのような怒声。破壊された壁。崩れ落ちる浮遊都市。
全部“昔の日常”すぎて、どれのことか分からない。
(どれのことだ……?)
(ピンとこねぇな……ほぼ365日キレてたし……)

「……いいよ。でも、なんで?」
「やったぁ!!」
マケルーダは即ガッツポーズ。満面の笑み。
「え、何にそんな喜んでんの?怖くない?俺の怒声だよ?」
「うん、でも伸びそうなんだよね再生数!!」
楽しげにそう言う娘に、魔王は肩をすくめるしかなかった。

その頃、次元牢グループLINE(通称:地獄のチャット)では――
「許可出たよおおおおお!!!!公式!!!本人公認!!!!!
ユージン本人が『どの怒声かわかんないけどいいよ』って!!!!」

「よっしゃああああああ!!!!」
「本人公認MAD……すごい……」
「最強にして最大の素材……整った」
こうして――“レイバアアアアア feat. Jupiter(怒声Remix)”は、
正式に、怒声素材使用許可を得て制作されることとなった。
すべては、本人の許可を得て行われています。
(※ただし本人、どの怒声か未だに分かっていない)

静寂が戻った旧天球エリア。
みんなが放心状態のまま資料の山に埋もれていると、
ふと、イグニスが書類の束を蹴っ飛ばした。
「つーかよ……」
「クェーがあんだけキレるって、署長のロケパンどんだけ威力あったんだよ……」

その瞬間アリエッティがしゃがみ込んで、紙の切れ端を拾い上げた。
「あ、これ……なんか、書いてあるよ。“じゅーる”??」
「は?」
クヴァルがすかさず書類をひったくる。
手袋で埃をはたき、文字を睨む。
「……計測ジュール=対艦砲と同レベル」

── 沈 黙 ──

次の瞬間、ノランが爆発した。
「ぶっほあああああああああああ!!!!!」
腹筋が死ぬレベルの笑い声が廃墟に響く。

「対艦砲ってなにィ!?戦艦かよォォォォ!!」
「いやいや!ジュールって!!純粋な物理パワー!!!」
「ロケパンの皮を被った兵器じゃねーか!!」
ノランが息も絶え絶えに叫ぶ。
「駆逐艦リベリオwwwwwwwwww」
ノランが机をバンバン叩きながら叫ぶ。

「駆逐艦リベリオ出航だよこんなん!!!深海棲艦でもぶちのめしに行くんか!?」
イグニスは呆れ半分、でもノリノリで続ける。
「提督ヅラしといて本人が一番つえーやつじゃん…」
クヴァルは渋い顔をしつつ、どこか楽しげに口を挟む。
「『撃ちぃ~かた~↑はじめ』とかいうんかな、あいつ?
いや絶対似合う。あの顔で敬礼して言い出したら俺は泣く。」
アリエッティは耳をぺたんと伏せて震える。

「いったらこわい……」
「しかも“分離射出”した腕が夜戦魚雷の代わりって、夢に出るよぉ……」
ノランはもう完全に腹筋限界。
「進撃!駆逐艦リベリオ。イベント海域、敵艦隊ごと消滅www」
イグニスも便乗して、「MVP演出で義手ブーメランしてほしい」
「キラ付け演出でロケットパンチ着火」とボケ倒す。

クヴァルは静かにまとめる。
「ていうか、深海棲艦どころかマップごと更地。サービス終了まで一直線」
アリエッティはブルブル震えたまま、最後の一言。
「艦これより、こわい……」
最終的にイグニスが「てか艦これじゃなくて物理これ戦艦バスターだろ」とか
ノランが「いやもう艦これのCMコラボやれ」とか叫びながら
旧天球エリアに“駆逐艦リベリオ”という伝説ワードが爆誕した。

ふと、クヴァルが静かに空を仰いだ。
遠い目のまま、今は亡きレイバー准将の名を思い出して呟く。

「惜しいぜ、レイバー……」
「死んでて良かったが、生きてりゃいい酒飲めたぜ……」
「てめぇのクソ開発のせいで、俺たちの鼓膜は死んだがな!!」
だがその横で、イグニスが悪戯っぽく笑う。
「……でも、サンプリングのキレは最高だったよな?」
「間違いねぇ」
クヴァルがニィッと笑い返す。
世界が震えたのは、怒声でもパンチでもない。
“ジュール単位のロマン”だった。

プロジェクトファイル:「Reibaaaaa!!!_怒声フェスRemix_v0.1」
モニターには、怒号の波形が山脈のように伸びている。
スクロールバーを動かすたび、視覚的暴力。
まるで“笑いながら壊れる地形図”。
「くそぉ……だめだ……!」
クヴァルの指がキーボードの上で震える。
「声が良すぎて……!編集中に笑っちまう!!作業が進まねぇ!!」
声は狂気、波形は凶器。もう制作というより戦いだった。

ノランが隣でモニターを覗き込みながら、半笑い。
「やっぱダメだったか……この素材、強すぎるんだよ!!」
「波形見ただけで笑いがくるってどういうことだよ!!」
BGMどころか災害速報。
スピーカーから流れ出すたび、D-ROOMの壁がほんのり震える。
アリエッティはそんな地獄の中でもマイペースにスコーンを食べていた。
「がんばって」
完全に他人事。
「助けてアリエッティ!癒し系でしょ君!?鼓膜が癒される何かちょうだい!!」
「えっ、じゃあ……ホラ、耳マッサージ器……」
差し出された瞬間、
スピーカーから「レイバアアア!!!」の新バージョンが鳴って再び爆笑。
耳マッサージどころか神経直撃。

「うわああああッッもうだめだァァァ!!!!」
クヴァルが床を転げまわりながらフェードアウト。
波形の中で、彼の魂が燃えていた。
そんな中、ドアがスッと開く。
ふらりと入ってきたゆる半目の男。
アヴィドだ。

「ん? クヴァル、CD出すの?」
「うおっ!? お前いつの間に!?」
「ジャケット、考えようか?」
「お前デザイナーだったのかよ!!!!???」
アヴィドは口の端をにへらと上げる。
「よりマデリーのほうが、お菓子作るの上手いし?」
「だから、俺はジャケ描く係」
イグニスは感動して涙目。
「ダンナの鑑だよお前はぁ……!」
クヴァルが立ち上がり、真剣な眼差しで頭を下げる。

「……頼む。俺、音楽は天才だけど、デザインさっぱりでな……」
「OK♪」
アヴィドはポケットからペンタブを取り出す。
「得意ジャンルは、“殺意と可愛さの両立”だから、ちょうどいいかも」
「こっわ」
「ヤバい方向に天才……!」
「じゃ、じゃあ私は…帯コメント考える……“空前絶後の音圧”……?」
こうして、次元牢制作陣・正式結成。